研 究

脊椎動物の進化

- ボディプランの起源と変化を発生学的に読み解く -

動物はなぜかくも見事で多様なかたちを持つのか。異なった動物の器官を観察し、遺伝子の機能を明らかにし、その相同性を認識するとはある意味、様々なレヴェルにおける差異の解消であり、突き詰めれば比較によって得られるのは共通性でしかない。あるいはまた、比較形態学の方法論は差異や変異に対しては甚だ無力で、本質的究極的には「すべての動物は同じ型を共有する」と述べたかのジョフロワ=サンチレールのものした幻想に帰着するより無い。一方、比較不可能な型や現象も逆に比較より導き出され、ボディプランの進化理解にあってはこの種の発見の方が効用としてはより大きい。DNAや細胞や組織や胚発生運動や、それら諸々の諸現象の中での相互作用が幾多の階層にまたがりある種の結合や乖離を帰結し、それを土台に発生拘束と呼ばれるかたちの保守性や、それを解消することで新たな可能性を模索する不安定性が紡ぎ出される。好きなように抽象化してよいのなら、おそらくはその繰り返しといって良い。が、遺伝と発生という現実的プロセスの中に進化的変容が胚胎する舞台において、ウォディントンがそれに似た何かに対しキャナリゼーションの名を与え、安定化それ自体が進化的変容の起爆剤となり得るロジックをそこはかとなく幻視して以来数十年、進化発生学研究はまだその実体、すなわち我々が進化と呼ぶプロセスの核心を暴いてはいない。進化におけるボディプランやバウプランとは発生拘束の別名であり、それは分類学を可能にする形態的保守性の存在をも示唆する。一方で、進化の系統的序列は分類学とは必ずしも相容れず、時としてそれは形態学の発生学的意義、あるいはその逆、を無効とする。むしろ我々の問いは、「なぜ分類学が曲がりなりにも可能なのか」「なぜ種々の細胞の塊からなる諸構造を半ば恣意的に腑分けしながら、かつ解剖学名称を整合的に与えることができるのか」というこの、一見当たり前な問いともパラレルである。加えて、進化の謎を解くために、なぜ我々は胚を見るのか...。このような遺伝子群や、このような内容の細胞でできている多細胞動物が、かくかくしかじかの遺伝システムを用いたなら、このような内容の進化のパターンがこれだけの時間でできあがるのはある種必然であったのか...。そう思うからこそ我々は研究し続ける。器官、脈管の錯綜した複雑極まりない解剖学的形態パタンに対峙して怖じず、種々の不思議や感慨より他に我々は研究の意義を知らず、そこ以外に研究の目的もないのである。

 

 其の壱: 頭部分節性
 
脊椎動物の頭部は椎骨の寄せ集めであるとゲーテは言い、我々の体は詰まるところ背骨に過ぎないとオーケンは言った。二百年以上も続くこの頭部分節性の問題は今に至るまで完璧に解決したとは言い難い。比較形態学の問題としての頭部分節説は実は、「種の起源」の出版の頃ハクスレーにより葬り去られた。しかし、比較発生学がそれを掘り起こしてしまった。我々は、その第二ラウンドの終わり、あるいは発生と進化を遺伝子のレベルで解析する第三ラウンドの始まりにいる。争点のひとつは多くの脊椎動物種において、胚の頭部中胚葉の中に見られる「頭腔」と呼ばれる上皮性体腔。サメの頭腔に現れる形態学的特徴が、確かに体幹部に見られる体節を彷彿とさせる一方、より原始的な形質を残すと思われているヤツメウナギやヌタウナギには明瞭な頭腔は発生しない。形態学の多様な分野を巻き込んだ頭部分節説に対し、現在の進化発生学は何を明らかにしうるだろうか。遺伝子の発現や詳細な発生学は何を教えてくれるだろう。2011年度からは、ナメクジウヲの発生をも射程において、その根幹から取り組むことにした。


 其の弐: 脊椎動物の初期進化
 
「脊椎動物の顎は、鰓のひとつが徐々に変化して生じた」という、現在広く採用されている仮説は、果たして事実なのか。現存するほとんどの脊椎動物は、上下に開閉する機能を有する顎を持つ顎口類に属し、顎は発生期の第一咽頭弓に由来する要素で構成され、サメの発生では確かにこの咽頭弓が徐々に変形して顎が作られてゆくように見える。顎の進化の背景を理解するためにはしかし、その獲得以前の祖先において、第一咽頭弓がどのような構造を実現していたのか考察する必要がある。これを明らかにするため、サメ、ヌタウナギ、ヤツメウナギを含む多くの脊椎動物種における第一咽頭弓、そならびにの近傍に由来する構造がどのような形態的初期発生過程を経、どのような遺伝子発現パターンを示し、それがどのように顎に帰着して行くのか、各発生段階の頭部構造を三次元的に再構築し、詳細に検索している。また、顎が神経頭蓋から遊離しているサメやチョウザメの発生をみると、顎は第一咽頭弓のみから生ずるが、他の顎口類では顎前領域の一部が上顎先端の形成に参与する。この関係もまた、末梢神経の形態を含め、脊椎動物の頭部構築プランの進化的変遷の一環として理解する必要がある。また、比較形態学の金字塔とも謳われる、「哺乳類の耳小骨問題」も、この研究の一環として継続中。


 其の参: 頸
 
顎口類の頸部にはm. cucullaris(哺乳類における胸鎖乳突筋と僧帽筋の相同物)と呼ばれる筋と、それを支配する副神経が存在する。これらは円口類には存在しない。加えて顎口類の頸部を特徴づける脊髄後頭神経とそれが支配する舌・舌骨下筋群に相当する筋群もまた、円口類においてはその発達・分化の程度がきわめて低い。頸部は頭部と体幹の境界をなし、双方の性質が混在した複雑な領域となって顎口類を定義づける。形態学的においていわば、脊椎動物は顎を持つまで頸らしい頸を持たなかったようなのだ。1997年、神経堤細胞の分布様式の差異から、この頭部・体幹境界部に脊椎動物のボディプランの本質を見出して以来、副神経とcucullarisの起源の解明が脊椎動物の初期進化を理解する上で極めて重要と指摘してきた。現在、これらの形質についてはその発生的由来すらも混乱の極みを呈し、いかにもこの問題が一筋縄では行かないことを裏書きしている。本研究では、顎口類での副神経の発生過程をつぶさに調べ、無顎類であるヤツメウナギの後脳後部ならびに脊髄の発生パターンと比較し、分子・比較発生学的に顎口類の初期進化過程を浮き彫りにすることを目指す。





 其の四: 亀
 
亀類は甲を持つ。その甲は背・腹の二部よりなる。とりわけ背甲は単に表皮が硬化しただけのものではなく、内骨格や体壁筋の基本パターンを折り曲げることで肋骨が表層に張り出して出来ている。その位置の移動の結果、内骨格として生じたその軟骨原基は、真皮内で皮骨様の骨化過程を誘導すると覚しい。結果、組織学的には外骨格として背甲は出来上がる。では、それは内骨格なのか、外骨格なのか。形態学の概念の裏をかくほどに進化は器用であるらしく、我々はこの骨を適切に表記する術を持たない。比較形態学はこのような構造を前に自らの無力を暴露し、そのことによって我々はこの進化現象の神髄を思い知るのである。個々の細胞の分化機構からでは説明のつかない大局的な胚発生現象を、現在の発生生物学で機械論的に説明するのは容易ではない。しかしながら、亀類だけに見られる遺伝子の局所的発現や現象が次第に明らかとなり、この新奇形質獲得の謎にも最近、解明の糸口が見えてきた。スッポンのゲノムを明らかにし、初期器官発生期に生ずる遺伝子制御を網羅的に検索することによって、きっかけとなった変異を突き止めようとしている。




 其の伍: 系統発生と個体発生
 
動物の胚発生とその進化系統的履歴には果たしてどのような関係があるのか。19世紀に始まるこの問題は、現在でもその定式化に成功していない、進化発生学の源流とも言うべき問題である。例えば、各種脊椎動物に見る咽頭胚期の類似性はその基本ボディプランを象徴するとされる。が、そのような言明に果たして進化的な裏付けはあるのだろうか。また、卵割や体軸決定、原腸陥入など初期発生過程の進化的共通性は、祖先の発生プログラムを反映しているのか。この研究テーマでは、進化的な距離をどう数値化し解析的に扱いうるかという方法論を開発に加え、発生拘束ボディプラン、ヘテロクロニーやヘテロトピー、発 生負荷などの概念の統合など、進化発生学における新しい概念的枠組みの構築を通じて、この根本問題に取り組んでいる。


 


 参考文献:
 
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