理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2003年8月20日


生物の皮膚模様形成を数学的モデルで立証
PDF Download

化学反応がある種の波模様を形成することは詳しく分析されている。変異マウスの皮膚に生じた模様をこの化学反応の波の性質によって数学的に説明できることが、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(神戸)の研究によって明らかになった。この変異マウスは毛嚢形成に関与する遺伝子を欠損しており、波のように振動しながら移動する黒い帯を体表に生じる。同研究所の近藤滋チームリーダーは三重大学医学部との共同研究によって、この皮膚上の移動波がBZ(Belousov-Zhabotinskii)反応と呼ばれる化学反応が生じる非線形波動に非常によく似ていることから、両者が共通原理によって生じている可能性を示した。この研究成果はアメリカの科学誌、Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS) に8月19日付で発表された。

1匹の同じマウスの顔面上を波のように振動しながら移動していく皮膚の縞模様

無秩序にみえる初期状態から複雑なパターン、つまり模様や構造がどの様にして形成されるのかという疑問は、数学者や物理学者、化学者、生物学者にとって非常に興味深い課題である。1952年にアラン・チューリングが反応拡散波モデルを提唱し、2つの異なる拡散速度をもつ化学物質が相互作用することでパターンが自己組織化していく過程を示した。この論文が後に行なわれる、生物・非生物両方のパターンの数学的解析の基礎となった。60年代以降、非平衡状態の化学反応に対する理解が進み、化学媒体に生じる波模様の多くが数学的モデルによって説明できることが立証されてきた。しかしより複雑な生物においては、研究に適した研究対象がなかなか見つからなかったため、理論レベルの研究はともかく、実験的な研究は長い間無いも同然の状態だった。

生物のパターン形成の原理に注目する近藤チームリーダーがPNASに発表した論文では、ストライプ模様をもつ変異マウスを用いて研究がなされている。Foxn1(Whnまたはnude)のスプライシングに異常をもつこの変異では、皮膚の色素が蓄積し始めた直後に毛嚢の発生が止まってしまう。このようにして成熟できなかった毛嚢は剥がれ落ち、すぐに新しいサイクルに移り変わる。このような毛嚢の剥離と再活性化のサイクルの反復によって、最初は皮膚全体の色が黒と白の間で周期的に振動する。この振動は、最初全身で同期しておきるが、次第に体の部分により振動の位相がずれていき、最終的には安定な等間隔の移動するストライプを形成する。

Foxn1遺伝子を欠いた変異体の皮膚模様の変化を解析することにより、近藤チームリーダーらはこの波の動きがBZ反応によって生じる波と類似していることを明らかにした。この表現型に関与している具体的な分子機構は未解明だが、その性質を数学的に予見されていた現象の具体的な例を発見できたことは重要である。この研究成果は、正常もしくは異常な毛嚢形成に関与する分子の同定に大きく寄与すると同時に、皮膚模様を含む生物のパターン形成を数学的に解析する重要な基礎を築いた。

掲載された論文及び表紙 http://www.pnas.org/cgi/content/short/100/17/9680
http://www.pnas.org/content/vol100/issue17/cover.shtml

[ お問合せ : 理化学研究所 発生・再生化学総合研究センター 広報国際化室 ]


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.