独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年5月20日


結局どうしてヤツメウナギには顎がないのか?
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Hox 遺伝子群は器官発生の初期に、体の前後軸に沿って「どこに何をもたらすか」を決めているマスターコントロール遺伝子で、この仕組みは無脊椎動物から我々脊椎動物まで広く保存されている。倉谷滋チームリーダーおよび瀧尾陽子研究員(形態進化研究チーム)らは、顎をもたないヤツメウナギにも顎口類と同様の Hox コードが共有されていることを明らかにし、顎の進化における Hox 遺伝子の機能に新たな知見を加えた。この研究成果は Nature に 5 月 20 日付けで発表された。

顎口類の顎は発生中に口から喉にかけて見られる一連の咽頭弓の 1 つに由来する事が知られる。どの咽頭弓が何になるかは、それぞれの咽頭弓に異なった組み合わせで発現する Hox 遺伝子に指定され、後に顎を形成する第 1 咽頭弓には発現する Hox 遺伝子が存在しない。実際に、この咽頭弓に Hox 遺伝子を発現させると顎の形成が阻害される。一方で、無顎類の咽頭弓における Hox コードについて詳細は明らかでなかった。

顎口類の咽頭弓における Hox 遺伝子の発現パターン( PA は咽頭弓を示す)。第1咽頭弓に Hox の発現はみられない。

倉谷チームリーダーらは、無顎類に属するヤツメウナギ(Lethenteron japonicum )から 11 の Hox 遺伝子を同定し、それらの発現解析を行ってきた。その結果、いずれの Hox 遺伝子も第 1 咽頭弓に発現は見られず、さらに Hox2 遺伝子は第 2 咽頭弓以降、 Hox3 遺伝子は第 3 咽頭弓以降に発現するなど、顎口類と共通の発現パターンをもつ事が明らかとなった。

一方、英国レディング大学の Cohn らは、以前から別種のヤツメウナギ(Lampetra fluviatilis )を用いた研究で、胚の咽頭弓全体にわたって Hox6 遺伝子が発現していることを報告し、 Hox 遺伝子の発現が第 1 咽頭弓の顎への分化を抑制していると述べていた。これは、ヤツメウナギが顎口類と同様の Hox コードをもつ、つまり第1咽頭弓に Hox を含む Hox 遺伝子を発現しないという倉谷らの研究結果と相反する。その理由は明らかでないが、種特異的な Hox6 遺伝子の制御機構の違いが考えられる。倉谷らは、ヤツメウナギの第 1 咽頭弓が縁膜と呼ばれる特殊な構造を派生することからも、第 1 咽頭弓から Hox 遺伝子の発現が消えたことが顎形成をもたらしたのではなく、最初から同じ Hox コードが咽頭の発生分化の基盤を決定してきたのだと考えている。


倉谷らは以前に、ヤツメウナギの口器と顎口類の顎の形成に極めて類似した分子機構が共有されていることを報告しており、今回の研究結果はこれとよく整合している。今後、顎そのものを誘導するメカニズムが解明され、遺伝子ネットワークの変化と顎の出現の関係、さらにはゲノムと動物の形態進化の関係が明らかになると期待される。


掲載された論文 http://www.nature.com/cgi-taf/DynaPage.taf?file=/nature/journal/v429/n6989/abs/nature02616_fs.html

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