独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年9月2日


生殖細胞の生存にWunen2が細胞自律的に機能
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多くの細胞は体の中を目的地に向かって移動する能力をもつ。細胞移動は、同種の細胞が集合し組織や臓器を形成する発生の様々なステップで必須の過程であるが、中でも眼を見張る現象がショウジョウバエの始原生殖細胞( PGC )にみられる。これらの細胞は最初、胚の後端で胚体外に形成されるが、その後の形態形成に伴い、胚の内部に進入し生殖巣に向かって体の中を移動していく。この移動は、 PGC が生殖細胞に成熟していく過程でもある。このダイナミックな細胞移動がどの様にして達成されるかが長年研究されてきたが、細胞が目的地に導かれるメカニズムが今明らかになりつつある。

羽生 - 中村賀津子(生殖系列研究チーム、中村輝チームリーダー)らは、 Development 誌のオンライン版に発表した今回の論文で、 Wunen 及び Wunen2 と呼ばれる分子が PGC の生存と移動に重要な役割を果たす興味深いモデルを提唱している。このモデルではこれら 2 つの分子が PGC と体細胞で相反する機能をもつことが鍵となっている。

生殖巣へ移動する始原生殖細胞(青、ステージ 10 のショウジョウバエ胚)

彼らはまず、極細胞と呼ばれるショウジョウバエの生殖細胞の形成に異常を示す変異体のスクリーニングを行なった。その結果、極細胞が生殖巣への移動中に死んでしまう変異体を分離し、これが母性因子の欠損に起因することを明らかにした。この変異体における極細胞の挙動を詳細に解析したところ、初期段階の形成と移動は正常で、プログラム細胞死のマーカーとなる caspase-3 の活性化もみられなかった。

彼らは続く研究で、この変異体の原因遺伝子として wunen2 wun2 )を同定した。 wun2 及びそのホモログの wunen wun )は、ショウジョウバエの極細胞の移動に重要であることが以前から示されていた。リン脂質脱リン酸化酵素( L ipid P hosphate P hosphatase; LPP )をコードするこれらの遺伝子は体細胞で発現し、細胞外に存在する基質を分解することで極細胞に反発的な環境をつくり、極細胞を生殖巣へと導くと考えられている。また、これらの遺伝子の体細胞における過剰発現により極細胞が死ぬことも示されていた。しかし、 wun2 の極細胞における母性効果についてはこれまでに報告がなく、中村らを更なる研究へと駆り立てた。

羽生 - 中村らを驚かせたのは、 wun wun2 の体細胞での過剰発現は極細胞を死へと導くのに対し、母性 wun2 は極細胞の維持に細胞自律的に機能していることだった。このことは母性 wun2 mRNA が極細胞に蓄積すること、極細胞特異的な wun2 の発現によって母性 wun2 突然変異が相補されることから確認された。 wun2 は体細胞で発現する場合と極細胞で発現する場合で、極細胞の生存に対して正反対の効果をもつことが示されたといえる。彼らは、極細胞の生存には Wun2 による細胞外基質の極細胞への取り込みと分解が必要であり、極細胞に局在する母性 Wun2 は体細胞で発現する Wun 及び Wun2 と基質に対して競合している、という新たなモデルを提唱している。これらの脱リン酸化酵素の生体内での基質を同定し、このモデルを検証することが今後の課題である。

LPP は、脊椎動物においても、神経軸索の成長や胚体外血管形成など様々な発生現象に関わることが知られている。細胞の移動と生存を結びつける今回のモデルは、 LPP の分子機能の解明に向けた新たなパラダイムとなることが期待される。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/131/18/4545

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