独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年9月14日


体節形成における上皮−間充織転換にRhoファミリーが重要な働き
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発生中の胚を構成する細胞は、その形態と機能に基づいて、大きく2種類に分類される。シート状に規則正しい配列をとる上皮細胞と、形態や分布が一様ではなく胚の中で移動することもある間充織細胞である。上皮細胞は消化管や肺などで、消化吸収や酸素交換といった生理機能を発揮する上で中心的な役割を果たす。一方で間充織細胞は上皮細胞の形成を助けたり、筋組織等に分化したりする。

胚発生では、最初は単純な形態の胚組織から次々と複雑な器官が形成されるが、この際、細胞が上皮から間充織に、また間充織から上皮にと、その形態を変化させる現象が見られる。上皮−間充織転換(MET;Mesenchymal-Epithelial Transitions)と呼ばれるこの現象はほとんどの器官形成に必須であり、その異常は、正常な器官形成を阻害するのみならず、癌細胞の転移とも関連している。

この様に、細胞の上皮−間充織転換は極めて重要な生物現象であるにもかかわらず、生体内におけるそのメカニズムは未解明のままであった。

高橋淑子チームリーダー(パターン形成研究チーム)らはニワトリの体節形成を対象にした今回の研究で、Cdc42とRac1と呼ばれる分子によって間充織−上皮転換が制御されていることを明らかにした。この研究は名古屋大学および東京大学との共同で進められ、Developmental Cellの9月号に発表された。

孵卵開始後2日目のニワトリ胚。体節形成がみられる。

体節は、背骨や肋骨、そしてほぼ全ての骨格筋を将来形成する前駆体であり、ニワトリの場合、頭−尾方向に沿って1対ずつ繰り返し形成される。この際、体節が分節化するのに引き続いて、間充織細胞の一部が上皮細胞へ転換する現象が見られる。細胞の形態は、細胞内に張り巡らされた細胞骨格の形状により決まるが、細胞骨格を調節する重要な因子として、Rhoファミリー低分子量GTPアーゼが知られている。Rhoファミリー分子の機能は、これまでin vitroの二次元的な培養条件下で詳しく解析されてきたが、in vivoの三次元的な組織における機能は未解明のままであった。

分節化にともなって細胞の形態や極性が大きく変化することが、細胞骨格の変化から観察される(赤)。

そこで高橋らは、ニワトリの体節形成における間充織−上皮転換に注目し、以前独自に開発した体節内へのエレクトロポレーション法を用いて、Rhoファミリー分子、特にCdc42とRac1の機能解析を進めた。高橋らは、これらの分子とGFPを未分節中胚葉に共発現させ、それらの細胞の分節化に伴う間充織および上皮への分布を解析した。その結果、Cdc42を恒常的に活性化させると、それらの細胞の上皮化が抑制される事が明らかとなった。一方で、Cdc42のシグナル経路を特異的に阻害すると、上皮化する細胞が大きく増加する事が示され、Cdc42の分節化における間充織−上皮転換への関与が強く示唆された。

続いて高橋らはRac1について同様の解析を行ない、正常な上皮化にはRac1の厳密な活性レベルの制御が必要であることを明らかにした。このことは、Rac1は正常な分節形成において活性化されているにもかかわらず、Rac1の恒常的な活性化や変異体の過剰発現によるドミナントネガティブ効果は、いずれも正常な間充織−上皮転換を阻害する事から示された。

高橋らはさらに、ParaxisとRac1との関係を調べた。Paraxisは、分節形成における細胞の上皮化に必須な転写因子として知られている。この解析の結果、Paraxisが上皮化因子として機能するためにRac1が必要である事が示され、Rac1の間充織−上皮転換における重要性が裏付けられた。

この研究は、分節中の体節領域への遺伝子導入を可能にする独自の手法を用い、分節特有の上皮化現象に着目することで、器官形成における上皮−間充織転換のメカニズムに重要な知見を与えた。今後、この様なシグナルが細胞集団の中でどの様に制御され、それぞれの細胞の形態に影響を与えるのか、といった発生現象の根本的な問題の解明につながると考えられる。さらに、上皮−間充織転換は癌細胞の転移と密接に関連している事から、将来の医学研究にも新たな道を開くと期待される。




掲載された論文 http://www.developmentalcell.com/content/article/abstract?uid=PIIS1534580704002783

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