独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2004年9月27日


ヘテロクロマチンの確立にChp1蛋白質が重要な機能を果たす
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染色体は細胞分裂期に観察される特徴的な構造の一つで、遺伝情報である DNA の安定な伝播に関わっていることは良く知られている。真核細胞では、 DNA とヒストンなどの蛋白質がクロマチン構造を作り、これがさらに折りたたまれて染色体を形成している。 DNA の長い鎖は染色体を形成することで、遺伝子発現という機能を維持しながら安定的に核内に納まる事ができる。凝集しながらも必要な遺伝子の発現を維持し、一方で不必要な領域は更なる高次構造に折りたたむという染色体の二面的な機能は、二種類の異なるクロマチン構造によって実現されている。凝集度の低いユークロマチン( euchromatin )と、凝集度が高いヘテロクロマチン( heterochromatin )である。ヘテロクロマチン領域では、その凝集度ゆえに転写複合体がアクセスできず、ほとんどの場合、遺伝子の発現は完全に抑制されている。また、ヘテロクロマチンは、細胞の生存と複製に必要な染色体の機能領域を安定的に維持するためにも重要である。

分裂酵母( Schizosaccharomyces pombe )の染色体は、セントロメアやテロメア、接合型領域 (mating-type region) といった特徴的なヘテロクロマチン領域を含んでいる。そのため分裂酵母は、ヒトを含む高等真核生物において、ヘテロクロマチン構造とその配置が、どのようにして染色体に抑制的効果を与えているのか、その分子機構を理解するためのモデル生物として研究が行われてきた。ヘテロクロマチンを形成するためには、一般に確立と維持の2つのプロセスに大別されると考えられている。 CDB の中山潤一チームリーダー(クロマチン動態研究チーム)らは、今回発表した論文で、 Chp1 と呼ばれる蛋白質がヘテロクロマチンの、特に確立のステップに重要な機能をもつことを明らかにした。 Chp1 を欠損する酵母は染色体の分離とセントロメアにおける遺伝子サイレンシングに異常を示す事から、ヘテロクロマチン構造形成に重要であることが示唆されていたが、なぜセントロメアだけで影響が見られるのか、またヘテロクロマチン構造形成に共通の役割を持つのかは不明であった。また、 Chp1 は、進化的に良く保存され、遺伝子発現のエピジェネティックな制御に関連するクロモドメインを有している。しかし、異なるクロモドメイン蛋白質が、どのようにヘテロクロマチン構造形成に機能しているのかについても明らかにされていなかった。

中山らはまず、分裂酵母の3つのクロモドメイン蛋白質、 Chp1 、 Chp2 、 Swi6 についてその局在の解析を行った。 Swi6 は哺乳類における HP1 ( Heterochromatin Protein 1 )のホモログで、ヘテロクロマチンの形成に重要な機能をもつ蛋白質である。今回彼らは、 Chp1 と Chp2 が実際に、セントロメア、テロメア、接合型領域の3つのヘテロクロマチン領域の全てに共通して局在していることを初めて明らかにした。さらに、それぞれの遺伝子破壊株において、他の因子の局在パターンの変化を解析したところ、特にセントロメアへの Chp2 と Swi6 の結合に、 Chp1 が必要である事が示された。

クロモドメイン蛋白質の構造とそれらの局在パターン

次に彼らは、Chp1欠損株に見られるセントロメア特異的な表現型に着目し、Chp1の機能と転写後の遺伝子サイレンシングを担うRNAi機構との関連に注目した。分裂酵母では、RNAiの機構がヘテロクロマチン構造の確立やセントロメア特異的な遺伝子サイレンシングに関与している事が明らかにされていた。中山らは今回、Chp1の機能を欠損した酵母では、RNAi因子の破壊株と同様に、セントロメアから転写された異常なRNAが、細胞内に蓄積されることを明らかにした。この結果は、Chp1がRNAi因子と協調してセントロメア領域の転写もしくはその後のプロセシングにも関与していることを示しているが、Chp1やRNAi因子の変異の効果がなぜセントロメア特異的に生じるのかは明らかにされていない。Chp1はセントロメア、テロメア、接合型領域の全てに局在する事を今回明らかにしており、Chp1は全てのヘテロクロマチン領域において共通の機能を持つことが強く推測された。

クロマチンを形成するヒストン蛋白質は、様々な転写後の修飾を受け、エピジェネティックな遺伝子発現制御に重要な役割を果たしていると考えられている。特にヘテロクロマチン領域では特徴的なメチル化の修飾が存在し、このメチル化修飾がクロモドメイン蛋白質に認識され、クロマチン構造の変換が起こることで、遺伝子の発現が抑制されている。このことからヒストンへのメチル基の付加は、ヘテロクロマチン形成の最初で必須のステップであると考えられている。中山らはヒストンメチル化酵素であるClr4を用いて、ヘテロクロマチン確立の初期ステップを解析する研究を行った。まず野生株においてClr4の機能を欠損させた場合、ヘテロクロマチン領域のメチル化が消失し、その後Clr4を導入することでメチル化が元の状態に回復する。しかし、同様な実験をChp1の変異体で行うと、Clr4を戻してもメチル化の回復は認められなかったのである。さらに大事なことに、この現象はセントロメアのみならず、テロメアと接合型領域でも同様であった。以上の結果は、異なるヘテロクロマチン領域において、Chp1がヘテロクロマチン構造の確立という共通の機能をもつことを解明した。また彼らは、Chp1の欠損株におけるSwi6とChp2の機能を解析し、これらの蛋白質は共に、ヘテロクロマチンに特徴的なヒストンのメチル化修飾の維持に必須であることを示した。彼らはこれらの結果を元に、3つのクロモドメイン蛋白質Chp1、Chp2、Swi6はヘテロクロマチン構造の確立と維持にそれぞれ異なる機能をもち、お互いが協調的に働くことで高次のクロマチン構造を形成していると結論付けている。

この研究は、単純なモデル実験系として用いた分裂酵母のクロマチンに潜む、エピジェネティックな制御機構の非常に複雑な特徴の一端を明らかにしたといえる。酵母染色体のメチル化とその維持に関与する蛋白質の染色体領域特異性と多様性は、エピジェネティックな遺伝子発現制御がいかに重要かを示している。高等生物においても、分裂酵母と同様の機構にクロマチン構造の確立とその維持が行われているのか、またその場合、Chp1の相同因子が存在しているかなど、解明すべき問題が数多く残されている。分裂酵母を用いたヘテロクロマチン構造の研究によって、エピジェネティックな遺伝子発現制御のさらに深い理解へつがると期待される。




掲載された論文 http://www.nature.com/cgi-taf/DynaPage.taf?file=/emboj/journal/v23/n19/abs/7600401a.html

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