独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年5月31日


ジョイントリトリートで異文化交流?
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理化学研究所の4つの研究拠点、中央研究所(DRI)、脳科学総合研究センター(BSI)、免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)、発生・再生科学総合研究センター(CDB)が研究交流を目的にジョイントリトリートを開催した。伊豆熱川で5月9,10日の2日間に渡って開催されたこのプログラムでは、18の講演に加えポスターセッションでは約80の発表があり、普段は接することの少ない研究者同士が様々な視点から活発な議論を交わした。各セッションのあとも話題は尽きず、各センターの異なる文化に参加者は興味津々のようだった。参加者の一人、升井伸治さん(CDB,多能性幹細胞研究チーム)から以下のようなコメントが寄せられた。


「バナナ.....ワニ......園.........?」

干物屋や土産屋とともに、不可解なコンセプトの動物(+植物)園が静かに観光客を待つ熱川駅。明らかに、此処では1970年代から時の歩みは止まっている。私は窓の大きな設計の各駅停車に乗って、観光気分満点のうちに昼過ぎにこの駅へ降り立った。CDBの面々と合流し、地元の定食屋で海鮮丼を会食、しばし歓談。長時間移動の疲れはどこかへ飛んで、私はもう完全に旅の人になりきっていた。駅前からマイクロバスで揺られること10分、眼前には熱海エリアのノスタルジーを体現するホテル「熱川ハイツ」が現れる。透明プラスチックのバーが付いたカギを渡され、入った和室4人部屋の窓からは太平洋と岬の緑のコントラストが美しい。晩餐会はヤッパリお定まりの大宴会場で催され、畳・座布団・懐石・酒で差しつ差されつの雰囲気に私は愛国心さえ禁じ得なかった。

セッションでは興味深い発表と活発な議論が繰り広げられ、まずまずではなかったかと思う。とりわけ、或る神経細胞においてどこからともなく運ばれてきたOtx2タンパク質がエッセンシャルな働きをするというHensch先生(BSI)のショッキングな発表や、モノクローナル抗体をDT40細胞のみで作成してしまうという太田先生(DRI)の発表などでは会場は活況を呈した、といえる(無論、CDBの先生方の発表では全て文句なしの反響であった)。しかし、私が求めていたものとはどこか異なっていた。このジョイント・リトリートは、総合科学研究所である理研が全研究所員を対象に開催する「全理研連結集会」である。少なくとも私はそう受け止めていた。つまり物理・化学・工学の分野からもっと演者を出して頂きたかったのだ。ちなみに今回生物以外の分野からとしては一人だけ、表面化学の川合先生が招待され、その発表を皆一所懸命に傾聴した。......英語が流暢なのはよくわかるが内容はほとんど理解できなかった。これは、演者と聴衆双方の姿勢に起因すると私は考えている。すなわち異分野の発表を聴く場合、我々はそれぞれの分野の研究者が行っている各論的科学の些末な命題証明の結果に興味があるわけではなく、むしろその分野のその瞬間において科学が進行されているプロセス(当該分野における命題証明の哲学や随伴する方法論はもちろん、実務的な作業工程やマネジメント方法も含む)に興味を持つものだ。また実際これほど分野が異なるとそうする以外にお互いの接点を探ることはできない。したがって演者には事前に趣旨を伝えておき、上述の「プロセス」を重視した発表の準備に注力していただくことが望ましい。当然、比較的若手の研究員でないとそのような注文には応えられないであろうことは言うまでもない。他方で、こうした演題から科学進行に関する叡知を抽出する心の準備を参加者全員に促すことも必要である。

この失敗で、異分野演題の挿入を躊躇してはならない。「理研精神」とは研究者の精神の解放であり、それをかつて大河内正敏氏は「物理が化学を、化学が物理をやってもけっこうです」と表現した。一方、今日においては競争的環境が独創性を培うと盲信する為政者たち(大半の研究者もそうであるかもしれない)によって日常研究環境が構築されており、当該分野に特化した反復運動の習熟度を誇る「職人」である方が、効率的に日々の仕事をこなしキャリアを形成することができるというのが実情である。留意(自覚)すべきは、研究の本質を忘れて論文製造に明け暮れる「職人」は既存の原則系に束縛または「保護」されており、その系の外部へは抜けることができないと同時に、抜け出たくもないというのが彼ら(我々)の本音でもあるということだ。しかし、この既存原則系から脱出する試みこそが、理研を「科学者の自由の楽園」へ、ひいては個々の研究をトマス・クーンの提唱する「革命科学」へと導くのではないだろうか。能力のあるものは、それを行使することが社会における責務であろう。「熱川ハイツ」は精神を解放させる非日常的環境を申し分なく提供してくれているのだ。

-と、考えながらの帰り道、ふらりと立ち寄ったバナナワニ園は、既存の原則にとらわれない斬新な展示のオンパレードであったが、しかしガラ空きであった。



[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


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