独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年8月1日


非対称細胞分裂におけるβカテニンの機能に新たな知見
PDF Download

多細胞生物の体は多種多様な細胞の役割分担と協調によって成り立っている。しかし、1つの受精卵からどの様にして多様な細胞が生まれるのだろうか。その重要なメカニズムの一つが非対称細胞分裂である。非対称細胞分裂では、分裂に先立って運命決定因子の非対称な細胞内局在が生じ、結果的に2つのうち一方の娘細胞にのみ分配される。その後、運命決定因子は核内の遺伝子発現に影響を与え、もう一方の娘細胞とは異なった細胞形質を獲得していく。しかし、この様な非対称な分子の細胞内局在、もしくはそれを制御する細胞の極性はどの様に形成されるのだろうか?

細胞運命研究チームの澤斉チームリーダーらは線虫C.elegansを用いた研究で、βカテニンのホモログであるWRM-1が細胞極性を形成し、多くの細胞で非対称細胞分裂を制御する仕組みを明らかにした。同チームの竹下久子研究員を中心とするグループの成果で、8月1日付のGENES&DEVELOPMENT誌に発表された。

V5.p細胞におけるWRM-1の非対称な局在(前側を左、腹側を下に撮影):WRM-1::GFP融合タンパク質の共焦点顕微鏡画像(左)およびノマルスキー顕微鏡画像との合成(右)。WRM-1は細胞分裂に先立って前側の細胞膜下に局在するが(上)、細胞分裂後は後側の娘細胞の核に局在している(下)。

多くの生物種でWntシグナルが非対称分裂に関与していることが知られている。Wntシグナルは発生の様々な場面で異なる機能を発揮する重要な経路の一つで、βカテニンを介する経路と介さない経路に大別される。Wnt経路の使われ方は生物種によって少しずつ異なり、ショウジョウバエや哺乳類ではβカテニンを介さない経路が細胞極性に働いているのに対し、C.elegansではWRM-1(βカテニンのホモログ)が極性形成に機能している。また、βカテニンはカドヘリンと結合して細胞接着を調節する因子としても知られているが、C.elegansのWRM-1はWnt経路のみで機能していると考えられている。しかし、WRM-1はGSK3βによるリン酸化部位をもっておらず、どの様にWnt経路で働き、細胞極性を制御しているのかは明らかでなかった。

澤らはまず、WRM-1の欠失変異を用いた研究で、WRM-1を欠損すると孵化後の幼虫における非対称分裂が阻害されることを初めて明らかにした。また、WRM-1と共同して働くと考えられるLIT-1、及びLIT-1の活性化因子MOM-4を阻害すると、より広範な細胞種で非対称分裂が阻害されることから、孵化後の非対称分裂に共通のメカニズムがあることが示唆された。次に、GFPを融合したWRM-1とLIT-1を用いて細胞内局在を調べたところ、皮下組織や神経芽細胞、中胚葉細胞を含む多くの細胞で、後側の娘細胞核にこれらの分子が局在していることが明らかとなった。また一部の細胞では、分裂に先立ってWRM-1とLIT-1が細胞前側の膜直下に顕著に局在することも分かった。そこで、これらの分子の細胞内動態をより詳細に解析するために、細胞内の特定位置のGFPを脱色し、その後の蛍光の回復を解析するFRAP(Fluorescence Recovery After Photobleaching)を行った。その結果、細胞内のどの場所にあるWRM-1及びLIT-1も、分裂後に後側の娘細胞核に局在する傾向が認められた。また、分裂終期から分裂終了にかけて、少なくともLIT-1は前側の娘細胞核から消失していく様子が観察され、核外輸送の速度の違いが重要な要素であることが示唆された。

もう一つの重要な発見は、WRM-1及びLIT-1とWnt経路との関係である。分裂に先立ったWRM-1及びLIT-1の細胞膜下への局在が顕著なV5.p細胞を用いた解析では、egl-20/wntの変異によりこの局在の極性に反転が見られた。しかし、細胞膜下の局在と分裂後の核内の局在とは常に前後が逆になることから、細胞膜下の局在が娘細胞の核内における局在を決めていることが示唆された。また、WRM-1の変異体の実験により、WRM-1はLIT-1の非対称な核内への局在に必要であるが、細胞膜下への局在には必要ないことも示唆された。

非対称分裂におけるWRM-1及びLIT-1の局在モデル

これらの結果から、澤らはWntシグナルが非対称細胞分裂を制御する次のようなモデルを提唱している。まず、細胞後側より働くWntシグナルがWRM-1を細胞質に解離し、WRM-1及びLIT-1の細胞膜下の局在に極性が生じる。この極性が娘細胞におけるWRM-1及びLIT-1の核外輸送速度に影響を与える。結果として後側の娘細胞核にのみこれらの分子が局在し、非対称細胞分裂が成立するという。

今回の研究は、シグナル伝達や細胞接着に重要と考えられていたβカテニンが、細胞極性そのものを形成し得るという新たな知見をもたらした。今後は、細胞膜下での局在と娘細胞核での局在がどの様な分子メカニズムによって繋がっているのかなど、更なる詳細の解明が待たれる。


掲載された論文 http://www.genesdev.org/cgi/content/abstract/19/15/1743

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.