独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年8月9日


ES細胞からの神経網膜前駆細胞と視細胞の分化誘導に成功
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ES細胞などの幹細胞から神経細胞や筋細胞などを試験管内で作り出す、いわば「生体パーツ化」の研究が進んでいる。この様にして作られた様々な細胞や組織は、薬効や毒性検査などの創薬研究に利用されるのに加え、将来、移植医療への細胞の供給源としても期待されている。しかし、目的の細胞を高効率で分化誘導しさらに純化する技術は未だ発展途上といってよい。いかに胚発生における生体内の環境を試験管内で再現するか、それが分化誘導の成功の鍵となっている。

今回、笹井芳樹グループディレクター(CDB、細胞分化・器官発生研究グループ)らは、マウスES細胞から神経網膜前駆細胞および視細胞を分化誘導することに世界で初めて成功した。視細胞の変性は多くの網膜疾患や失明の原因となっているため大きな注目を浴びている。この研究は、京都大学病院探索医療センターとの共同で行われ、米国科学アカデミー紀要 (PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences)に8月1日付けでオンライン先行発表された。

SFEB/DLFA法による神経網膜前駆細胞の分化誘導、SFEB/DLFA法で処理したES細胞の多くが神経網膜前駆細胞のマーカー遺伝子Rx(左、赤)、及びPax6(右、緑)を共発現している(右、黄)。

同グループではこれまでに、マウスや霊長類のES細胞からドーパミン神経細胞や末梢神経細胞、大脳前駆細胞を試験管内でつくり出す事に成功していた。特に最近開発したSFEB(Serum-free Floating culture of Embryoid Body-like aggregates)法と呼ばれる新たな神経分化誘導法では、マウスのES細胞から90%以上という高効率で中枢神経系細胞の分化誘導に成功している。彼らは今回、神経網膜組織が中枢神経系由来の組織であり、胚発生において大脳組織近傍の間脳から発生することに注目し、SFEB法の修飾によって神経網膜前駆細胞を誘導しようと試みてきた。

同グループの池田華子共同研究員(現京都大学病院探索医療センター医員)らはまず、ES細胞を特殊な浮遊条件下で培養することで未熟な神経前駆細胞に分化させたものを、血清およびアクチビンで短期間処理して接着培養を行うSFEB/DLFA法を樹立した。この方法により、16%の効率で神経網膜前駆細胞が分化誘導された。さらに、得られた神経網膜前駆細胞をマウス胎児の網膜細胞と共培養することで、14%の細胞が視細胞に特異的なロドプシンやリカバリンといったタンパク質を発現することが確認された。この結果は、ES細胞から神経網膜前駆細胞を経由して人為的に視細胞をつくれる事を示すと同時に、胎児網膜のつくり出す微小環境が視細胞分化を促進していることを示唆している。

網膜組織へのES細胞由来視細胞の取り込み、マウス胎児網膜へ取り込まれたES細胞由来の細胞(赤)が視細胞マーカーであるロドプシン(緑)を発現している。

  彼らはまた、ES細胞由来の視細胞が網膜組織に取り込まれて生着することも明らかにしている。SFEB/DLFA法で得た神経網膜前駆細胞をマウス胎児の網膜組織そのものと共培養したところ、ES細胞由来細胞が視細胞層に取り込まれロドプシンやリカバリンを発現した。またこれらの細胞は視細胞に特徴的な細胞形態を示した。

神経網膜の変性や異常は、網膜剥離症、糖尿病性網膜症、緑内障、網膜色素変性症など多くの視覚障害の原因となっており、特に視細胞は視覚受容の一次細胞として決定的な役割を担っている。今回の研究で、ES細胞から神経網膜前駆細胞を人為的につくれる事が明らかになり、視覚障害の発症機序の解明や治療薬の開発といった応用分野への利用が期待される。また、ES細胞から得られた視細胞が網膜に生着可能なことから移植医療への道も拓かれたが、動物個体レベルでの機能回復の証明やヒトES細胞への応用など、着実な研究の進展が期待される。


掲載された論文 http://www.pnas.org/cgi/content/abstract/102/32/11331

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