独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年12月1日


多能性幹細胞が生まれる時:
Cdx2とOct3/4の相互作用が栄養外胚葉と内部細胞塊の分化をコントロールするメカニズム
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細胞の分化は人の人生に例えられるかもしれない。あらゆる可能性を持って生まれた子供がある時ロックや生物学やサッカーに興味を持つようになり、歳を重ねるにしたがって特定の分野に専門性を深めていく。しかし、生物学者がロック歌手になったり、サッカー選手が生物学者になることは残念ながらあまりない。細胞も同様に、発生の過程を経るにしたがって神経細胞や筋細胞、表皮細胞といった特定の機能と構造をもつようになり、それと引き換えに多分化能を失っていく。

哺乳類の発生において最初の分化は、マウスの場合、約3.5日目に見られる。それまで均一だった細胞集団が、3.5日目には胚盤胞と呼ばれる形をとり、外側を包む栄養外胚葉と将来体を形成する内部細胞塊に区別されるようになる。内部細胞塊は多能性幹細胞からなり、体をつくるあらゆる細胞に分化できるのに対し、栄養外胚葉は母体の子宮と共に胎盤を形成する。しかし、どのような分子メカニズムによってこの象徴的とも言える最初の分化が引き起こされるのか、それは科学者の長年の疑問だった。

CDBの丹羽仁史チームリーダー(多能性幹細胞研究チーム)らは、Oct3/4とCdx2と呼ばれる2つの分子の相互作用が、栄養外胚葉と内部細胞塊の分化をもたらしていことを明らかにした。この研究は、神戸大学とCREST(戦略的創造研究推進事業、JST)、Mount Sinai Hospital(カナダ)との共同で行われ、Cell誌の12月号に発表された。

初期桑実胚(上)、後期桑実胚(中)、胚盤胞(下)におけるCdx2(緑)とOct3/4(赤)の発現

彼らはマウスのES細胞(内部細胞塊を培養したもの)を用いた以前の研究で、Oct3/4と呼ばれる転写因子の発現を抑制すると、ES細胞から栄養外胚葉を誘導できることを明らかにしていた。また、別の転写因子Cdx2が栄養外胚葉の分化に重要な役割を持つことも示していた。これらの知見を元に彼らは、内部細胞塊ではOct3/4が栄養外胚葉の分化に働くCdx2を抑制しているというモデルを想定した。そこでまず、ES細胞でCdx2を過剰発現させる実験を行ったところ、Oct3/4を発現抑制した時と同様に、ES細胞から栄養外胚葉が誘導された。さらにこの細胞を胚盤胞に注入すると実際に胎盤にのみ寄与することも分かった。また、Cdx2は転写レベルで自己活性化していることが知られるが、この自己転写活性化がOct3/4によって抑制されることも明らかになった。これらの結果は、Oct3/4がCdx2を抑制することで内部細胞塊を誘導・維持している可能性を強く示唆しており、予想通りの結果と言えた。しかし一方で、Cdx2を発現させたES細胞では、Oct3/4の転写活性化能も抑制されているという予想外の結果も得られた。つまり、Oct3/4とCdx2は相互に抑制的に働いていることが明らかになったのである。

続いてOct3/4とCdx2の局在解析を行ったところ、これらの分子をES細胞で共発現させると、共に核の転写不活性領域に移動することが分かった。実際に、彼らが続けて行った免疫沈降実験では、Oct3/4とCdx2が直接相互作用していることが明らかになった。これは転写レベルでの相互抑制に加え、タンパク質レベルでの複合体形成による機能抑制機構が存在することを示唆している。

もう一つの興味深い結果は、Cdx2は栄養外胚葉を積極的に誘導しているわけではないらしい、ということである。彼らは、Cdx2を欠損したES細胞でもOct3/4を抑制すれば、栄養外胚葉へと分化することを示したのである。それでは、Cdx2はいったい何をしているのだろうか。彼らは、Cdx2を欠損しながらもOct3/4の抑制によって誘導された栄養外胚葉を詳しく調べたところ、これらの元になる栄養外胚葉性幹細胞が自己増殖能を欠損していることが分かった。そして別の分子、EomesoがCdx2非存在下で栄養外胚葉を誘導していることが分かったが、しかし、EomesoはOct3/4に対する抑制能を持たないことから、別の経路で栄養外胚葉を誘導しているらしい。

栄養外胚葉と内部細胞塊の分化メカニズムを知るには、発生過程においてOct3/4とCdx2がいつ何処で発現するのかを知る必要がある。彼らは、桑実胚から胚盤胞にかけてのこれら2つの分子の発現を追跡した。すると、初期桑実胚では、全ての細胞核に両方の分子が発現していたが、10〜16細胞期の桑実胚になるとCdx2の発現は外側の細胞にのみ見られた。胚盤胞期になるとこの発現パターンは明確になり、Cdx2は外側の細胞層のみで、Oct3/4は内部の細胞のみで発現していた。これらの結果は、一部の細胞がCdx2の発現を失うことがきっかけとなって、Oct3/4を発現する内部細胞塊とCdx2を発現する栄養外胚葉の分化が誘導されることを物語っている。

しかし、どのようにしてCdx2とOct3/4の発現のバランスが崩れるのだろうか。Eomesoはどの様にして栄養外胚葉を誘導するのだろうか。Cdx2と栄養外胚葉性幹細胞の自己複製能とはどの様な関係にあるのだろうか。新たな発見は常に新たな疑問を生むが、Cdx2とOct3/4の相互作用が栄養外胚葉を誘導する、という今回の発見がそれらの答えにやがて繋がっていくだろう。


掲載された論文 http://www.cell.com/content/article/abstract?uid=PIIS0092867405009116

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