独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年02月02日


マウス卵子におけるmII停止のメカニズム

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哺乳類の卵子は通常、第2減数分裂中期(mII)で停止したまま受精の時を待っている。しかし、どのような仕組みで細胞周期が制御され、受精せずに単為発生するのを防いでいるのだろうか。これは古くからの疑問で、1911年にFrank Lilleが「受精に必要な細胞分裂抑制のメカニズムは発生学における最も根本的な問題の一つだ。」と述べて以来、1世紀近くにわたって研究が続いてきた。1970年代の始めには、増井とMarkertがカエルを用いた実験で、2細胞期の初期胚に未受精卵の細胞質を注入すると細胞分裂が停止することを示していた。彼らは、未受精卵の細胞質に細胞分裂停止因子(CSF, cytostatic factor)が含まれており、これが、卵子が未成熟なまま減数分裂を完了してしまうのを防いでいると考えた。その後の研究で、CSFの実体として、MosやEmi1といった分子が候補として挙げられたが、はっきりした事は今でも分かっていない。

哺乳類胚発生研究チーム(Tony Perryチームリーダー)の庄司志咲子研究員らは今回、MosやEmi1ではなく、Emi2と呼ばれる分子がマウス卵子のmII停止に決定的な役割を担っていることを明らかにした。カエルの研究で長く一般的になっていた知見が、マウスでは大きく異なっているという結果だ。この成果は、2月2日付けでThe EMBO Journalに掲載された。

4細胞期のマウス胚。2細胞期に割球の一つに卵細胞の細胞質を注入している(ミトコンドリアを蛍光標識)。カエル胚の場合は、卵細胞質に含まれる細胞分裂停止因子(CSF)によって割球の分裂が止まり、3細胞胚が生じる。しかし写真のようにマウスでは結果が異なり、CSFの同定に別の手法を要した

庄司らは、RNA干渉(RNAi, RNA interference)と呼ばれる手法によって遺伝子を一つずつノックダウンし、マウス卵細胞のmII停止に機能している遺伝子の探索を行った。すると驚くことに、CSFと考えられていたEmi1やMosをノックダウンしてもほとんど、もしくは全く影響なくmII停止が起こるのに対し、Emi2をノックダウンするとmII停止が阻害され、細胞周期が進行してしまうことが分かった。また、Mosの場合は、実際はノックダウンするまでもなく、mII期には検出できないレベルまで発現が低下していることが分かった。さらに研究を進めると、Emi2はmII停止を引き起こすだけでなく、その維持にも必要であることが明らかになった。mIIで停止している卵細胞でも、Emi2の機能を阻害すると、細胞質の変性を伴って細胞周期が進行した。これはmII停止が正常な細胞質分裂に重要であることを示唆しており、非常に興味深い結果だった。

続いてEmi2の生化学的解析を行ったところ、Emi2はAPC(Anaphase Promoting Complex)の活性化因子であるCdc20と結合していることが分かった。APCは、mII停止を最終的に指示しているMPF(Maturation Promoting Factor)を不活性化するタンパク質複合体である。つまり、Emi2はCdc20と結合することでAPCの機能を抑制し、結果的にMPFを安定化してmII停止を引き起している、というモデルが浮かび上がる。

また、受精により活性化された卵子と単為発生的に活性化した卵子について調べると、双方においてCdc20依存的にMPF活性が消失していくのが分かった。Tony Perryチームリーダーは、「受精による発生と単為発生で、同じ分子がMPFの不活性化に働いていることが示されたのは、これが初めてだろう。」と述べている。「これは、核移植などの研究において単為発生的な卵細胞の活性化も有効であることを改めて示している。」

これらの結果は、長いあいだ謎だった哺乳類におけるCSFの実体がEmi2であることを示している。この制御メカニズムの全容を明らかにするためには、受精によってEmi2が不活性化されるメカニズムなど、さらに詳細を明らかにする必要がある。卵子のmII停止からの脱出と発癌メカニズムには共通性があることも示唆されており、癌研究での新たな展開も期待したい。


掲載された論文 http://www.nature.com/emboj/journal/v25/n4/abs/7600953a.html

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