独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年02月13日


体内リズムの維持に朝配列の活性化/不活性化が必要

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体内時計はバクテリアからハエ、マウス、ヒトなど多くの生物に保存されている。哺乳類の場合、脳の視交差上核などが刻む約24時間のリズムにしたがって、睡眠や覚醒、血圧や体温の変動、ホルモン分泌といった生理機能が自律的にコントロールされている。この体内時計のリズムを生み出しているのは、複雑な遺伝子ネットワークが生み出す周期的な遺伝子発現と考えられている。CDBの上田泰己チームリーダー(システムバイオロジー研究チーム) らは以前の研究で、この遺伝子ネットワークを構成する16の時計遺伝子を同定し、それらの遺伝子の周期的な発現を制御している転写制御配列、E-box/E’-box(朝配列)、D-box(昼配列)、RRE(夜配列)を見出していた。さらに、これら3つの転写制御配列と16の時計遺伝子の相互作用を調べた結果、朝配列の制御が転写ネットワークの中心的な役割を担っていることが示唆され、朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムが細胞や個体のリズムに必要不可欠であることを予想していた。しかし、この事を証明する直接的な証拠は得られず、体内時計の基本原理を解明する上で一つの課題となっていた。

上田らは今回、朝配列の不活性化が起こらない遺伝子変異を探し出し、朝配列の不活性化が起こらないと細胞全体の遺伝子発現リズムが失われることを明らかにした。これは、朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムが体内時計のリズムを生み出すのに必須であることを直接的に示した初めての成果である。この研究は、Scripps Research Institute(米)との共同で行われ、英の科学誌Nature Geneticsに2月13日付けでオンライン先行発表された。

正常な時計遺伝子の発現リズム(a)が、朝配列の不活性化が起こらない変異型Bmal1/Clockを導入すると消失する(b)ことが、単一細胞レベルで明らかになった。

彼らはまず、朝配列の活性化を担う時計遺伝子Bmal1及びClockをランダムに改変し、それぞれ6000種類の変異型を得た。それらの中からBmal1/Clockの抑制因子であるCRY及びPERとの結合能力が低下し、活性化は正常に起こるが不活性化のみが起こらない変異型をBmal1 から4種、Clockから3種見出した。続いて、これらの変異型遺伝子を様々な組合せでマウス培養細胞に導入し、朝配列の不活性化の欠如が哺乳類細胞の体内リズムにどのように影響するのか検証した。すると、不活性化因子との結合能が低い変異型ほど、朝の時計遺伝子や夜の時計遺伝子の発現リズムが消失することが明らかになった。細胞間の発現リズムのずれにより、培養細胞全体の発現リズムが見かけ上消失している可能性もあったが、単一細胞レベルで同様の解析を行ったところ、やはり時計遺伝子の発現リズムが消失していることが確認された。これらの結果は、Bmal1及びClockによる朝配列のON/OFFの切り替えが体内リズムの維持に必須であり、朝配列の不活性かが起こらないと正常なリズムが失われることを直接的に示している。

体内時計のメカニズムの全容解明には引き続き研究が必要だが、今回の研究は、発現リズムを生み出す転写ネットワークの重要な一端を明らかにしたといえる。体内時計の分子機構の詳細が将来明らかになれば、体内時刻に合わせた適切な薬剤投与や、不眠症や鬱病に関連するリズム障害の診断法、治療薬の開発などが可能になり、医療面での応用も開ける。また今回の研究では、技術面での発展が重要な役割を果たしている。彼らは、複数の装置を組み合せて遺伝子の改変を半自動で行うシステムを開発し、膨大な数の変異を効率的に導入し、解析することを可能にした。また、バイオインフォマティクスを駆使して、時計遺伝子の発現リズムを正確かつ効率的にモニターする新規技術も、同チームの山田陸裕(研修生)、鵜飼英樹(研究員)らを中心として開発された。これらの技術は、リズム障害の治療薬の探索や哺乳類遺伝子の改変などに有用であり今後の応用展開が期待される。


理研プレスリリースへのリンク http://www.riken.jp/r-world/research/results/2006/060213/
掲載された論文 http://www.nature.com/ng/journal/v38/n3/abs/ng1745.html

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


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