独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年03月25日


嗅覚神経細胞で発現するFez遺伝子が嗅球の形成に重要な役割

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発生の過程で形成されるさまざまな細胞や組織は、どのようにして「機能的」に統合し、複雑な構造と機能をもった器官をつくり上げるのだろうか。とりわけ、視覚や聴覚、嗅覚といった感覚器官の発生では、受容器と処理中枢が神経細胞によって正しく配線される必要がある。ほ乳類の嗅覚系では、鼻腔嗅上皮からの嗅覚神経が一次中枢である嗅球へと投射される。嗅球は、終脳の先端部が突出した形で形成され、形態的、機能的に異なる何層もの神経組織からなる。その最外層には嗅覚神経の軸索が集まり、すぐ下層の糸球体と呼ばれる構造で二次神経(投射神経)と接続している。さらにその下には、外網状層、僧帽細胞層、内網状層、顆粒細胞層と続き、最内層に、介在神経(顆粒細胞・傍糸球体細胞)の前駆細胞が存在する傍脳室帯が位置する。傍脳室帯からは、生涯にわたって介在神経が嗅球に供給される。しかし、このような複雑な層構造からなる嗅球がどうやって形成されるのか、またその過程に嗅覚神経がどのように関わっているのかは良く分かっていない。

今回、体軸形成研究チーム(日比正彦チームリーダー)の平田務研究員らは、嗅覚神経細胞で発現するFez遺伝子が、嗅覚神経の嗅球への投射に加え、嗅球そのものの形成にも重要な役割を担っていることを明らかにした。この研究は、理研脳科学総合研究センター(BSI)と国立精神・神経研究センターとの共同で行われ、Development誌に3月15日付けでオンライン先行発表された。

嗅覚神経の軸索の投射と嗅球の層構造形成にFezの発現が必要。
野生型(左)、Fez-/-(中央)、嗅覚神経にFezを発現させたFez-/-(右)マウスにおける、
嗅覚神経細胞(上、OMPをマーカーに軸索を染色)と介在神経(下、Gad67をマーカーに軸索を染色)の様子。

彼らはまず、Fez遺伝子の発現パターンを調べた。すると、嗅覚神経と前脳で特異的に発現しており、嗅球や介在神経、介在神経の前駆細胞などでは発現していないことが明らかとなった。次に、Fezを欠損する変異マウスを作成したところ、ヘテロ欠損では正常だったが、ホモに欠損すると出生後すぐに致死となることが分かった。そこで、Fez-/-マウスの異常を詳しく調べると、嗅覚神経の嗅球への投射に異常があるのに加え、嗅球そのものの縮小や層構造の異常なども見られた。また、介在神経前駆細胞は、終脳腹側から嗅球傍脳室帯へ供給されるが、その移動に異常が認められた。

続いて彼らは、Fez-/-マウスにおいて、トランスジェニックマウスの手法を用いてFez遺伝子を嗅覚神経細胞のみで発現させたところ、嗅球の異常を含めた嗅覚系の異常が、完全もしくは部分的に回復することが明らかとなった。つまり、嗅覚神経で発現するFezが嗅球の形成に非細胞自律的に働いていることが示されたのである。

「嗅球の形成に細胞自律的に働く遺伝子があることは分かっていたが、外部からの作用も必要であることは直接的には示されていなかった。私たちの研究は、嗅球の形成に嗅覚神経からの非細胞自律的なコントロールが必要であることを遺伝学的に示せたと思う」と日比チームリーダーは語る。今回の研究は、嗅球の発生メカニズムを遺伝子レベルで理解する上で重要な知見をもたらした。と同時に、嗅覚神経とそのターゲット組織がどのように機能的に相互作用しているのか、特に、物理的な接触がないにもかかわらず、嗅覚神経が介在神経前駆細胞の移動・成熟を制御するメカニズムなど、新たに生じた疑問への解答が待たれる。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/133/8/1433

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