独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年05月15日


増殖か分化か:細胞極性と分裂軸をカップリングするメカニズムに新たな知見

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細胞の多様性を生み出すメカニズムに「非対称分裂」がある。非対称分裂では、運命決定因子などが親細胞で非対称に分布し、結果として一方の娘細胞だけに受け継がれることで、2つの娘細胞がそれぞれ異なる運命を獲得する。細胞の持つこのような非対称性を「極性」と呼ぶが、極性の方向と分裂軸の方向が直交する場合、同じ極性を持った2つの等価な娘細胞が生じ、非対称分裂にはならない。つまり、分裂軸の方向が細胞極性に対してどちらの方向に向くかが、分裂の対称、非対称を決め、細胞が均等に増殖するのか、それとも異なる細胞に分化するのかを決めている。

今回、理研CDBの泉裕士基礎特別研究員(非対称細胞分裂研究グループ、松崎文雄グループディレクター)らは、ショウジョウバエの神経幹細胞をモデルにした研究で、Mudと呼ばれるタンパク質が細胞極性と分裂軸の関係を決定付ける仕組みを明らかにした。戦略的創造研究推進事業(CREST)の助成を受けて行われたWuerzburg大学(独)との共同研究で、Nature Cell Biology誌に4月30日付けでオンライン先行発表された。


A. 前期

B. 中期

E. 野生型

C. 後期

D. 終期

F. mud変異体
Mudタンパク質は神経幹細胞の分裂期において、細胞表層の片側と中心体に局在している(A~D, 赤)。野生型では、分裂軸を決める微小管の方向が細胞極性と一致している(E)のに対し、mud変異体では、分裂軸が極性方向に一致していない(F)。

ショウジョウバエの神経幹細胞は、胚発生の時期に、上皮細胞という一層の細胞層から形成される。上皮細胞も発生期には増殖するが、その分裂軸は上皮細胞が持つ表裏の極性(上皮極性)と直交しているため、2つの等価な上皮細胞が生じる。一方、上皮細胞の極性をそのまま持ち込み、その極性に従ってMirandaやProsperoといった運命決定因子が局在する神経幹細胞では、分裂軸が極性の方向と一致するため、運命決定因子が一方の娘細胞だけに分配され、分化した細胞を生じる。このように、上皮細胞とそこから生じた神経幹細胞は同じ細胞極性に基づいて分裂するが、分裂軸の方向の違いによって一方では増殖、もう一方では分化という、分裂様式の切り替えが行われている。

泉研究員らは、この分裂軸の方向決定にGタンパク質と呼ばれる細胞内シグナル伝達系が働いていることを以前の研究で明らかにしていた。今回の研究では、このGタンパク質が形成する複合体と相互作用する分子としてMudタンパク質を同定し、分裂軸の方向決定における役割を探ってきた。すると、Mudタンパク質はGタンパク質の制御下にあり、運命決定因子の分布とは独立したメカニズムで、分裂軸を決める星状体微小管の配置を調節していることが明らかとなった。さらに、上皮細胞と神経幹細胞ではMudタンパク質の局在が異なるため、細胞極性と分裂軸のカップリングが異なっており、ひいては対称分裂と非対称分裂の違いが生じることを突き止めた。

Mud遺伝子は、脳の形態に異常を生じる突然変異の原因遺伝子として知られていたが、その具体的な働きについてはこれまで不明であった。松崎氏は、「哺乳類や線虫にもMudに相同な因子が知られており、この因子による非対称分裂の制御は進化的に保存された一般的な機構である可能性が高い」と述べる。とりわけ、哺乳類の相同タンパクNuMAは、がん化した細胞で高頻度に発現が上昇していることから、がんの異常増殖との関連が疑われ、微小管の形態制御にかかわることも示唆されていた。「今回の研究は、細胞の増殖と分化の切り替えという、多細胞体制の確立に不可欠な問題の理解につながるだろう」と松崎氏は今後の期待を語る。


掲載された論文 http://www.nature.com/doifinder/10.1038/ncb1409

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