独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年06月10日


ヒトES細胞から神経細胞を選択的に誘導:羊膜の新規活性を利用

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幹細胞を利用した移植治療は、将来の再生医療の一つの柱として期待されている。ES細胞などの幹細胞を試験管内で培養し、必要な細胞をつくり出して移植に用いるというシナリオだ。このようにして得られた種々の細胞は薬剤試験などの創薬研究にも応用できる。

CDBの笹井芳樹グループディレクター(細胞分化・器官発生研究グループ)らは以前の研究で、マウスやサルのES細胞から中枢神経系細胞を高効率に分化させる「SDIA法」を開発していた。さらに昨年、京都大学との共同研究により、SDIA法によって得られたドーパミン神経細胞をパーキンソン病の疾患モデルサルに移植し、その治療効果を実証している。SDIA法は再生医療に応用可能な方法として注目を集めてきたが、この方法ではマウス由来のPA6細胞を誘導源として用いるため、動物由来の病原体の混入リスクがあった。そのため、SDIA法で得られた細胞のヒトへの移植利用には問題があり、PA6細胞の代替材料が求められてきた。

今回、笹井研究グループの上野盛夫客員研究員らは、 ヒト羊膜の細胞外マトリックスに注目し、これがPA6細胞のように、ES細胞に対して強い増殖支持活性と神経分化誘導活性を有することを見出した。彼らはこれを利用してAMED法(Amniotic Membrane Matrix-based ES cell Differentiation; 羊膜マトリックスに基づくES細胞分化法)と名付けた分化誘導法を新たに確立し、動物由来の培養成分を完全に除去した環境で、ヒトES細胞から神経前駆細胞、さらにドーパミン神経細胞、運動神経細胞、網膜組織などを効率良く誘導することに成功した。この研究は、京都府立医科大学眼科学教室などとの共同で行われ、国際的な科学誌、米国科学アカデミー紀要に6月9日付けでオンライン先行発表された。なお、この研究は文部科学省の「再生医療の実現化プロジェクト」の一環として進められた。

AMED法でヒトES細胞から誘導された神経前駆細胞

彼らはまず、ヒト羊膜を薬剤処理して細胞成分を除去し、細胞外マトリックス成分を抽出した。この羊膜マトリックスを培養容器の底にしき、その上でヒトES細胞を無血清培養液で約2週間培養したところ、90%程度の高効率で神経前駆細胞に分化することが明らかとなった。このAMED法でさらに4週間培養を続けると、神経前駆細胞の約4割が神経細胞に、そのうち約3割がドーパミン神経細胞に分化していることが判明した。また、培養の過程でShh(ソニックヘッジホグ)と呼ばれるタンパク質を添加すると、約2割の神経細胞が運動神経細胞に分化した。さらに、AMED法で長期間ヒトES細胞を培養すると、眼の組織である網膜色素上皮や水晶体組織の大きな細胞塊が出現することも確認された。これらの結果は、羊膜マトリックスがPA6と同等の誘導活性をもち、広い用途でPA6細胞の代替材料として使用できることを示している。 なお、研究に用いられたヒト羊膜は、事前のインフォームドコンセントに基づいて予定帝王切開手術時に得られたものを利用し、ヒトES細胞は国の指針に基づいて不妊治療の余剰凍結胚から京都大学で樹立されたものが用いられた。

左から順に、ヒトES細胞から誘導されたドーパミン神経細胞、
運動神経細胞、網膜色素上皮細胞、水晶体細胞。

今回の研究成果は、日本でヒトES細胞に関する指針が制定されて以来、分化誘導に関する初めての論文発表となった。AMED法は、2000年に京都府立医科大学の木下茂教授(眼科学)らによって開発された「羊膜上での角膜幹細胞培w養法」を応用したのもので、約1年半という短い研究期間で成果を得たのも重要な点だ。羊膜は既に臨床で利用され、安全性が確立している上に、低温での長期保存が可能といった取扱い上の利点もある。ヒトES細胞を扱った今回の成果が、再生医療に向けて極めて大きな一歩となったことは間違いない。

一般的に培養液の組成に重きが置かれる分化誘導研究にあって、細胞を接着させる基質、つまり羊膜マトリックスがES細胞に対して特別な細胞増殖・細胞分化誘導の活性を持つことを明らかにした点で、学術的にもユニークな研究と言える。笹井グループディレクターは、「なぜ、羊膜マトリックスにこのような誘導活性があるのかは依然として謎のままで、ある意味神秘的だ。今後さらに解析を進め、この活性を担っている分子実体を明らかにしたい」とコメントする。


理研プレスリリースへのリンク http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060606/
掲載された論文 http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.0600104103

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


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