独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年06月16日


ショウジョウバエの眼形成に働くダブルネガティブモデル

PDF Download

形態形成シグナル研究グループ(林茂生グループディレクター)の津田玲生研究員(現国立長寿医療センター研究所室長)らは、Charlatan(chn)と呼ばれる遺伝子がショウジョウバエの眼形成の開始と錐体細胞の誘導に重要な働きを持つことを明らかにした。ヒトの神経発生に働く同様の遺伝子カスケードの存在がヒントとなりchnの機能が明らかになったという。この研究は、東京都立大学と共同で行われ、国際的な科学誌EMBO Journalに6月8日付でオンライン先行発表された。

chnはショウジョウバエの眼形成に重要な働きをもつ。(A-D)成虫の眼の走査電子顕微鏡像。(A)正常、(B)chnの過剰発現は眼の形態に異常をもたらした、(C)Ebiの発現を抑制するとchnの過剰発現による
眼形成異常が更に顕著になった、(D)chnに変異を入れると眼形成が著しく阻害された。

津田らは以前の研究で、ショウジョウバエの眼形成において、EGFシグナルを受け取った光受容細胞では、シグナル分子Delta(Dl)の発現が活性化され、逆にNotchシグナルを受け取った場合は、Dlの発現が抑制されることを明らかにしていた。光受容細胞が発現するDlは、隣接する細胞を錐体細胞へと誘導する働きを持つ。津田らは、EGFの下流でEbi、SMRTER、Su(H)を含むタンパク質複合体が、Dlの発現を誘導していることを見いだしていたが、EbiとSMRTERは一般的に抑制因子として知られていることから、どのようにしてDlの発現を誘導しているのかは定かでなかった。

彼らは今回、Ebi/SMRTER/Su(H)複合体によって抑制される遺伝子として、charlatan(chn)の同定に成功した。生化学的な解析の結果、Ebi/SMRTER/Su(H)複合体はSu(H)を介してchnのプロモーター領域に結合することが強く示唆された。Su(H)は相互作用する分子との組合せによって抑制因子としても活性化因子としても機能することが知られる。これまでの報告からDlと結合したレセプターNotchは、その細胞内ドメインNICDを遊離して核内に移行し、Su(H)と結合して遺伝子発現を活性化させる。津田らは、このNICDもchnのプロモーター領域に結合することを示し、Ebi/SMRTERとNICDが、Su(H)を介したchnプロモーターへの結合において競合的関係にあることを示した。

続いて彼らは、chnの機能を明らかにする目的で相同遺伝子を探索したところ、ヒトの神経発生に働くDNA結合タンパク質NRSF/RESTが、構造的にも機能的にも類似していることが分かった。そこで、NRSF/RESTとの類似性にもとづいた解析からchnタンパク質に結合すると予想される共通の配列、CBE(chn-binding element)、を明らかにした。このCBEを手がかりにショウジョウバエ全ゲノムを検探したところ、NRSF/RESTの場合と同様に多くの神経関連遺伝子が同定された。注目すべきことに、Dl遺伝子が2つのCBEを持っており、chnのターゲットであることが予想された。続く実験で、光受容細胞においてchnを発現させると、Dl遺伝子の発現が低下し、錐体細胞の誘導能を失うことが確認された。

これらの結果から、彼らは、Dlの発現を抑制するchnがEbi/SMRTERによって抑制され、結果としてDlの発現が誘導されるというダブルネガティブモデルを提唱している。抑制因子であるEbi/SMRTERがどのようにしてDlを活性化させるのか、というこれまでの疑問が解けた形だ。また彼らは、眼形成の開始にはchnの発現が必要なことも示しており、発生の進行に伴ってSu(H)がNotchシグナルとEGFシグナルに応答し、chnの活性化と抑制を決めていると予想する。林グループディレクターは、「今回の研究を土台に、NotchシグナルとEGFシグナルのクロストークがどのように調節されているのか、その仕組みの詳細を明らかにしていきたい」と展望を語る。

モデル生物の比較研究が進み、一見姿かたちが異なる生物でも、遺伝子レベルでは共通点が多いことが示されてきた。これは、ハエやカエル、マウスといったモデル生物の研究がヒトにも応用できることを意味しているが、今回の研究はヒトの研究で得られた知見をハエに応用した点でもユニークだ。


掲載された論文 http://www.nature.com/doifinder/10.1038/sj.emboj.7601179

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.