独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年11月10日


腸神経系の発生メカニズムに新たな知見

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理研CDBの榎本秀樹チームリーダー(神経分化・再生研究チーム)らは、マウスの腸神経系(Enteric nervous system, ENS)で特異的に発現する多数の遺伝子を新たに同定した。そのうちの幾つかについて詳細に解析したところ、SNAREと呼ばれるタンパク質が腸神経前駆細胞の移動と神経突起の伸張に機能していることが明らかとなった。SNAREは成熟したシナプスで機能することが知られていたが、腸神経系の形成というより早い段階でも機能していることが示されたのはこれが初めて。この研究は、米ワシントン大学との共同で行われ、Developmental Biology誌の10月号に発表された。

マイクロアレイによって同定された遺伝子群のE13.5マウス腸神経系における発現パターン

腸神経系は、腸壁を張り巡らす神経細胞とそれを補助するグリア細胞とからなるが、これらの細胞はいずれも神経堤に由来している。神経堤細胞の一部は発生中の腸に取り込まれ、増殖しながら腸壁を移動し、やがて神経細胞とグリア細胞に分化する。成熟した腸神経系は、腸の運動や分泌、血流の調節などに働く。腸神経系の形成に働く遺伝子は幾つか知られているが、より多くの遺伝子が関与していると考えられ、その全体像も詳細もこれまで明らかでなかった。

彼らはまず、腸神経系の形成に働く遺伝子を洗い出すために、マウスの正常な腸と無神経節性の腸における遺伝子発現を比較した。この解析には、DNAマイクロアレイによる網羅的な発現量比較とqRT-PCRを組み合わせて行った。すると、無神経節の腸と比較して正常な腸で2倍以上の発現量を示す遺伝子が83種類見つかった。このうち42の遺伝子についてin situハイブリダイゼーションを行うと、39の遺伝子が実際に腸神経系で発現していることが分かった。一方、無神経節性の腸で発現が上昇している遺伝子も9種類見つかり、腸神経系の欠損が腸上皮などにおける遺伝子発現に影響を与えていることが示唆された。

今回同定された遺伝子の多くは、シナプスの機能に関連するものだった。神経伝達物質のエキソサイトーシスに働くSNAREタンパク質もその一つだ。しかし興味深いことに、これらの遺伝子は、腸神経系の機能が必要とされるよりも前の14日胚で既に発現していた。そのため彼らは、SNAREタンパク質が腸神経系の形成にも関与しているのではないかと予測した。SNAREタンパク質は、シナプスにおいて分泌小胞を細胞膜と融合させる働きを持つことから、同じように膜の輸送を必要とする細胞移動や神経突起の伸張に関与する可能性を検討した。彼らが胚から取り出した腸を培養し、SNAREタンパク質を薬剤で阻害したところ、神経堤由来細胞の細胞移動や神経突起の伸張が抑制されることが分かった。これらのことから、SNAREタンパク質はシナプスの機能に関与するだけでなく、腸神経系の形成段階においても重要な機能を担っていることが明らかとなった。

今回の研究では、腸神経系で発現する数多くの遺伝子が新たに同定され、さらにSNAREと呼ばれるタンパク質が腸神経系の形成に関与していることが初めて示された。今後、他の遺伝子についても解析が進み、腸神経系の発生メカニズムについて多くの知見がもたらされるだろう。榎本チームリーダーは、「腸神経系の発生異常はヒルシュプルング病という腸機能障害を引き起こす。今回の研究を元に、そのような病気の治療につながる研究成果が生まれることを期待したい」と話す。



掲載された論文 http://dx.doi.org/10.1016/j.ydbio.2006.06.033

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


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