独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2006年11月13日


Cdxが神経パターニングに働く仕組み

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理研CDBの清水隆研究員(体軸形成研究チーム、日比正彦チームリーダー)らは、ゼブラフィッシュ胚をモデルにした研究で、中枢神経系パターニングのメカニズムに新たな知見を加えた。Cdx1aおよびCdx4と呼ばれるタンパク質が、FGFおよびRAシグナルに対する応答能を変化させ、尾側神経組織の前方化を抑制しているという。この研究は、11月1日付のDevelopment誌にオンライン先行発表された。

Cdxの機能を欠損した胚では、神経組織の最尾部に後脳マーカー(krox20)が異所的に発現する(右)。左はコントロール。

脊椎動物の中枢神経系は管状の構造として形成されるが、発生が進むに従って前後のパターンが形成され、頭部側から前脳、中脳、後脳、脊髄に領域化される。FGF(Fibroblast growth factor)およびRA(Retinoic acid)と呼ばれるシグナル分子は、後脳後部および脊髄前部の形成とパターニングに機能することが知られている。しかし、これらの分子は発生の様々な現象に働いていることから、FGFとRAに対する応答能は胚の領域によって厳密にコントロールされている必要がある。中枢神経系のパターニングにおいてこれらの分子に対する応答能がどのように制御されているのか、そのメカニズムは未解明のままだった。

清水らはまず、一般的に胚の後側の形成に働くことが知られるcaudalファミリー遺伝子、cdx1aおよびcdx4をアンチセンスモルフォリノによって阻害する実験を行った。すると、尾側の脊髄が正常に形成されないだけでなく、最尾部の神経組織において、後脳後部および脊髄前部に特徴的な遺伝子発現が異所的に見られた。実際にこの部位では、後脳の運動神経や交連神経が形成されていた。これらの結果は、Cdxが尾側神経組織の前方化を抑制していることを示している。また、興味深いことに、最尾部における後脳マーカーの異所的な発現を詳しく調べると、実際の後脳で発現する順番と全く逆の前後軸パターンで発現していることが分かった。

正常な胚ではFGFとRAのシグナルは前後軸に沿って逆向きの濃度勾配を示し、それらが交差する位置付近に後脳後部と脊髄前部が誘導される。彼らは、異所的な後脳後部と脊髄前部の形成にもFGFとRAシグナルが働いていると考え、Cdx1aおよびCdx4を阻害した胚におけるfgfとRA合成酵素遺伝子raldh2の発現パターンを調べた。すると予想通り、後脳後部と脊髄前部が異所的に形成される位置においても、FGFとRAシグナルが逆向きの勾配で交差している状態が観察された。さらに、FGFシグナルとRAシグナルをそれぞれ阻害する実験を行うと、両者を同時に阻害した場合には、後脳マーカーの異所的な発現が抑制されることが明らかとなった。

続いて、Cdxがどのようにして後脳の誘導を防いでいるのかについて研究を進めた。Cdxは、胚後方における後方Hox遺伝子の発現を制御することで知られる。実際に、Cdx1aおよびCdx4の機能を欠損したゼブラフィッシュ胚では、尾側神経組織における後方Hox遺伝子の発現が欠損していた。これは、Cdxが後方Hoxを介して機能していることを示唆している。そこで彼らは、後方Hox遺伝子の強制発現によってCdx欠損の表現型を救出できるか否かを検討した。また、後方Hoxは転写活性化因子としても抑制因子としても機能することから、Cdxの下流で働くと予想されるHox遺伝子に活性化ドメイン、または抑制ドメインを連結させた実験も行った。その結果、野生型Hoxおよび転写活性化型Hox遺伝子の発現により、Cdx欠損胚における異所的な後脳後部と脊髄前部の形成が抑制された。このことは、Cdxの下流で、Hoxは転写活性化因子として機能し、間接的に後脳後部・脊髄前部の形成を抑制していることを示している。

これらの結果は、中枢神経系のパターニングに働く複雑なメカニズムを浮かび上がらせた。尾側の神経組織では、CdxがHoxを介した系によってFGFやRAに対する応答能を変化させ、後脳や脊髄前部の形成、すなわち前方化を抑制していることが示された。日比チームリーダーは、「Cdxはこれまで胚の後側をつくるために機能していると考えられていた。今回の結果は、Cdxがシグナルの応答性を変化させることで、後方組織が前方組織にならないよう制御していることを示しており、とても興味深い」と話す。



掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/133/23/4709

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