Notchシグナルが嗅神経細胞の多様化と回路形成に機能 |
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嗅覚は進化的に古い感覚で、動物が周囲の環境を察知するのに重要な役割を果たしてきた。多様な匂い物質を検知するのは、嗅覚器官に数多く備えられた嗅神経細胞だ。これらの細胞は、それぞれがゲノム上にコードされた多種の嗅受容体(ショウジョウバエで60種、マウスで約1000種)のうち1種類のみを発現し、脳にある一次嗅覚中枢内の特定の糸球体に投射する。この個々の神経細胞の多様性とその投射の特異性が嗅覚系による匂いの識別を可能にしている。動物種によっては、嗅覚関連遺伝子が全遺伝子の5%に及ぶこともあるが、これらの遺伝子がどのように使われ、多様な神経細胞を生み出しているのかは未解明のままだった。
理研CDB神経回路発生研究チーム(浜千尋チームリーダー)の遠藤啓太研究員(現JSTバイオインフォマティクス推進センター)らは、ショウジョウバエをモデルにした研究で、NotchシグナルのON/OFFが、嗅神経細胞の多様性をもたらし、さらに神経回路の形成に機能していることを明らかにした。この研究は、Nature Neuroscience誌に1月15日付でオンライン先行発表された。
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それぞれの糸球体はNotch-ON(赤)または -OFF(緑)クラスの嗅神経細胞と接続し、クラスターを形成している。左右の図はそれぞれ、脳の一次嗅覚中枢である触覚葉の前側と後側を示す。 |
ショウジョウバエの発生過程では、将来触覚となる組織上にある前駆細胞から約50種類の嗅神経細胞が形成され、それぞれが異なる糸球体に軸索を投射する。遠藤らはまず、嗅神経細胞の投射に異常を示す変異体のスクリーニングを行った。すると、正常であれば2つの異なる糸球体に投射するはずの一対の神経細胞が同じ糸球体に投射している変異体が見つかった。続く解析で、その原因遺伝子がNotchシグナル系の核タンパク質、mastermind(mam)であることが明らかとなった。
Notchシグナルはその抑制因子であるNumbの作用によって、細胞分裂時に非対称に働き、発生のさまざまなステップで細胞分化に関与することが知られている。そこで遠藤らは、numbを欠損する変異体も調べたところ、興味深いことに、mamと逆の表現型を示すことが分かった。つまり、mamで見られたのと逆の糸球体に神経が投射していたのだ。これらの結果は、Notch活性のON/OFFによって2種類あるはずの神経細胞が、mamまたはnumbを欠損することで1種類になってしまい、結果として一方の糸球体のみに投射していることを示唆していた。
続いて彼らは、Notchシグナルと嗅神経細胞の関係を包括的に調べるために、まず正常なショウジョウバエにおける糸球体への投射を詳しく解析した。すると、52個の糸球体が24のクラスターをつくり、それぞれのクラスターには同じ前駆細胞に由来する嗅神経細胞の集団が投射していることが分かった。そこで、mamおよびnumb変異体の嗅神経細胞が示す投射パターンを調べたところ、それぞれの糸球体クラスターは、Notch-ONクラス細胞とNotch-OFFクラス細胞が投射する糸球体の組み合わせにより成ることが明らかとなった(図参照)。これらの結果は、前駆細胞の分裂に伴うNotchシグナルの非対称的な活性化が、嗅神経細胞を多様化していることを示している。
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同じ前駆細胞に由来する嗅神経細胞が投射することで糸球体のクラスターが形成される。それぞれのクラスターには、Notch-ON クラス細胞(numb変異体で観察される)およびNotch-OFF クラス細胞(mam変異体で観察される)両方の嗅神経細胞が軸索を投射している。同じ前駆細胞に由来する嗅神経細胞はひとつの感覚子(sensillum)の中にある。 |
彼らは、NotchシグナルのON/OFFが、発現する受容体の種類を決めいていることも明らかにしている。今回の研究成果は、Notchシグナルの制御によって、嗅神経細胞の多様化と受容体の発現、特異的な投射が見事に実現、連動していることを示したと言える。浜チームリーダーは、「Notchシグナルは嗅神経細胞が多様化するためのメカニズムの一部であり、他にある多くの制御系の関与を明らかにしていく必要がある」と話す。「Notchシグナルの下流で機能する遺伝子を調べることにより、投射を制御する因子を同定する手がかりが得られるだろう。また、神経発生から機能へと視点を変えてみた時に、個々の細胞レベルのNotch活性の違いが生み出す糸球体ドメインが、嗅覚回路が生む機能と行動にはたしてどのように結びつくのか興味深い」。
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