独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年3月19日


人工飼育環境下でヌタウナギの発生に成功

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現存する脊椎動物は一般的に、ヒトやサメなど顎をもつ顎口類と、ヤツメウナギ類やヌタウナギ類といった顎をもたない円口類に大別される。ヌタウナギが円口類に分類されることについては、分子進化学的な裏づけがある一方、その形態があまりにも原始的なため、「ヤツメウナギや顎口類とも違い、また脊椎動物でもない生物」とみなす考え方もある。そのため、ヌタウナギの発生過程を知ることは、その進化的位置付けを明らかにすると共に、脊椎動物の起源を考察する上で重要な糸口となる。しかし、ヌタウナギ類はほとんどが深海性で、その生態が良く知られておらず、また卵の入手が困難なことから、1899年に米国の研究者B・ディーンが発生過程を記載して以来、ほとんど研究に進展がなかった。

理研CDBの太田欽也研究員(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、人工飼育環境下でヌタウナギを発生させることに世界で初めて成功した。胚発生の過程を組織および遺伝子レベルで解析した結果、脊椎動物に特徴的な神経堤細胞の存在が確認され、ヌタウナギが円口類の一種であることを強く支持する結果が得られた。この研究成果は、英国の科学誌Natureに3月18日付けでオンライン先行発表された。

実験室で飼育されたヌタウナギ。写真の個体は約20cmだが、産卵可能と推定されるサイズは40cm以上。

太田らはまず、日本近海に生息するヌタウナギのなかでも比較的浅い海(〜200m)に分布する種類に注目し、受精卵の確保を試みた。島根県の沖合で捕獲したヌタウナギ約50匹を実験室に持ち帰り、産卵のために最適化された水槽内で飼育したところ、数十個の卵を確認し、7つの受精卵を得ることに成功した。これまで水槽内での産卵、受精に成功した例はなく、世界でも初めての成功となった。続いて、得られた受精卵を発生させ、組織観察(HE染色法)および遺伝子発現解析(in situハイブリダイゼーション)を行ったところ、脊椎動物を特徴づける「移動する神経堤細胞」の存在が確認された。太田らは、他の脊椎動物の神経堤細胞で発現するSox9など、5つの遺伝子の発現によって神経堤細胞の同定に成功した。

ヌタウナギの咽頭胚。左が前方。左右に飛び出した構造はのちのエラに相当。 ヌタウナギ胚の体幹におけるSox9遺伝子の発現。紫色に染まった部分がSox9を発現する神経堤細胞に対応する。

今回の発見は、ヌタウナギ類の進化系統樹上での位置づけを考えるうえで決定的な意味を持つ。倉谷グループディレクターは、「外見上は原始的な形態を残しているヌタウナギにも、私たちヒトを含めた顎口類やヤツメウナギとほぼ同様の‘脊椎動物としての発生プログラム’が備わっていること意味しています。また同時に、脊椎動物の基本的な発生プログラムが、顎口類と円口類が分岐した5億年前にまで遡れることを物語っています」と語る。今回の研究でヌタウナギの産卵、受精、発生が水槽内で可能となり、今後、脊椎動物の進化発生学に大きく貢献することが期待される。また、ヌタウナギは韓国を中心に食用されており、産業面においても養殖技術として応用できる可能性があると言う。




掲載された論文 http://www.nature.com/doifinder/10.1038/nature05633

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