独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年4月20日


CDBシンポジウム2007を開催

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今年で5回目となるCDBシンポジウムが、「Germline versus Soma: Towards Generating Totipotency」をテーマに、3月26〜28日の3日間に渡って開催された。今年も多くの研究者や学生が世界各国から集まり、興味深い講演会やポスター発表が繰り広げられた。2002年から開催されているこの年次シンポジウムは、多様な視点から発生現象と再生現象を検証し、最新の情報を自由に交換することを目的としている。今回は、CDBの中村輝チームリーダー、斎藤通紀チームリーダー、松崎文雄グループディレクター、University of Cambridge(英)のAzim Surani氏がオーガナイザーを務めた。

CDBシンポジウム2007よりあるQ&Aセッションの様子。


哺乳類生殖細胞研究チーム(斎藤通紀チームリーダー)の大串素雅子研究員から、今年のシンポジウムについて以下の感想が寄せられた。


 

2007年CDBシンポジウムはGerm Line versus Soma: Towards Generating Totipotencyというタイトルのもと,全能性を獲得する生殖細胞や多能性を持つES細胞についての講演,また全能性,多能性を維持するために不可欠な機構であるエピジェネティクスや転写機構についての発表が行われた。

生物学のなかで生殖細胞の研究の歴史は古い。その上,昨今の生殖医療や再生医療の注目に伴い,多能性を保持するES細胞や生体内で唯一全能性を獲得する生殖細胞系列にかかわる論文が多くの科学雑誌の紙上をにぎわしている。今回のシンポジウムではSpeakerとして国内外の第一線で活躍する質の高い研究をする研究者が一堂に集まり,人数も適切で,“おぉ、それはおもしろい!”と思える充実したdiscussionができた学会だったのではないか,と思った。

まず,印象に残ったのは転写の抑制と母方転写産物の分解に関わるRNA-タンパク質複合体であるp-bodyの発表だった。受精卵中に生殖質を持つ線虫においては,生殖細胞系列に分化した細胞は転写が抑制され,翻訳レベルで母方のRNAが分解されないように調節されている。それとは対照的に体細胞系列に分化した細胞では母方RNAが分解され,受精卵由来の転写がおこる。この現象にRNA-タンパク質複合体であるp-bodyが関わっている。p-bodyの構成成分は生殖細胞と体細胞両方において共通している。しかし,1つ2つのkey activatorが体細胞系列の細胞内でのみ発現し,p-bodyに付加されることによってその複合体の細胞内での役割だけでなく細胞中の動きにまで大きく差が出てくる。ほんのわずかな因子によって生殖細胞と体細胞の差が制御されており,それが生殖細胞と体細胞系列の運命を決定づけるのに大事な因子であることに驚いた。また,卵中において細胞中に極性ができ生殖質が形成される最初のSTEPの詳細な機構については未だ不明な点が多く今後の解明が期待される。

哺乳類であるマウスでは卵中に生殖質はなく,母方由来の転写産物は初期胚で分解され,胚性の転写が開始したのち,生殖細胞が決定する。哺乳類はショウジョウバエや線虫に比べると分子生物学的な解析は遅れていると思い込んでいたが,今回のシンポジウムでその考えを改めた。マウスでの研究の進歩は著しく,生殖細胞の運命決定が胎齢6.25日の原始外胚葉細胞でおこり始め,その際に生殖細胞特異的に発現する遺伝子が空間的にも時間的にも秩序だって報告されていた。種々の動物間で生殖細胞系列を決定づける遺伝子に相同性はないが,生殖細胞系列が運命づけられるときに周囲の体細胞系列の細胞の存在が生殖細胞の運命決定に何らかの影響を与えているということはどの動物種でも共通している事項だ,と思った。

個人的に興味が引かれたのは,性決定後の成熟したニジマスの精原細胞を性決定がおこる以前のメスの胚の生殖器へ移植すると,その精原細胞は移植した胚中で卵形成をはじめた,という発表だった。レシーピエントの胚に精原細胞を移植した後,その胚が性成熟に達するまで2年かかるという長いスパンでの実験であることにも驚いたが,精原細胞・卵原細胞が移植した胚の生殖隆起へと移行し,その胚の性別に依存して増殖し生殖細胞を形成する能力があるという発見には驚いた。分化した体細胞から直接,多能性を持つES様細胞をつくる研究も着々と前に進んでおり,多能性を維持する機構を明らかにし,それを容易にコントロールできる日はもうすぐなのではないだろうか,と思わせるほどであった。

多能性や全能性の機構は,分子生物学的,生化学的に急速に解明されつつある。線虫やショウジョウバエをモデルにした研究は,遺伝学の実験の系が確立されており,そこからでてきている情報は確かなものが多いと思う。しかし,全てのことが全ての種において共通ではない。個々の生物が持つ自律的な側面,また生物が持つ普遍的な側面というのをよく考えて研究というのを進めていくべきだとも考えさせられたシンポジウムであった。

Symposiumを通してずっと(ポスター発表の間ですらさえも)非常に活発な議論が行われていた。私自身も様々な人と自分の研究の内容を討論したことで,より自分の考えを整理できた。このような雰囲気でかつ有意義なSymposiumや学会が今後も頻繁に開催されることを願う。





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