独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年4月25日


Teashirtでバッチリ「決まる」動物の背中

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体軸の決定は、脊椎動物の発生初期に起こる最も重要なイベントの一つである。受精卵が分裂を繰り返すことで出来あがった細胞塊は、何らかのメカニズムによって背腹・前後・左右の軸を獲得し、それに従って体の基本構造をつくる。このうち背腹軸の決定には、古典的Wnt経路(canonical Wnt pathway)の背腹における非対称な活性化が重要な鍵を握っている。アフリカツメガエルの場合、精子の侵入が引き起こす表層回転(植物極の細胞質が移動する現象)によって古典的Wnt経路の調節因子が非対称に分配され、後の背腹軸決定に関与するとされている。しかし、このようにして生じるWntシグナルの活性の差は比較的小さく、それだけで明確な極性を確立するには不十分と考えられてきた。

理研CDBの尾内隆行ジュニアリサーチアソーシエートおよび松尾-高崎真美研究員(細胞分化・器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らは、アフリカツメガエルのTeashirt 3(XTsh3)と呼ばれるタンパク質が古典的Wntシグナルを増強し、背側の誘導に決定的な役割を果たしていることを明らかにした。XTsh3は古典的Wnt経路の核内エフエクター因子であるβカテニンの核内集積を増加させる機能があるという。この研究成果は、The EMBO Journalに4月12日付けでオンライン先行発表された。

XTsh3をアンチセンスMO微量注入法で抑制すると、体軸形成が阻害される(右図)

XTsh3は、最初ショウジョウバエで発見されたTeashirt (Tsh)ファミリーに属するZnフィンガータンパク質である。ショウジョウバエのTshは、胸部の性質を指定するホメオティックセレクター遺伝子として同定された。その後、Armadillo(ショウジョウバエのβカテニン)との結合など、Wnt経路との相互作用も一部示唆されているが、その機能の詳細には未だ謎が多い。アフリカツメガエルは少なくとも3つのTsh関連遺伝子を持ち、どれもショウジョウバエTshとは構造上遠い関係にあるが、そのうちXTsh3は初期胚に強い発現を示す。

まず彼らは、初期胚におけるXTsh3の発現パターンをin situハイブリダイゼーションによって詳しく調べた。すると、卵割初期の胚では母性のXTsh3 RNAが動物極側に広く発現し、初期原腸胚になると、胚に由来するXTsh3 RNAが背側辺縁帯および背側外胚葉に強く発現していることがわかった。原腸陥入が進むにつれ、背側での発現は維持されたが、腹側での発現は低下していった。次に、背側におけるXTsh3の発現をアンチセンスモルフォリノによって阻害すると、体軸の形成が完全に抑制され、背側が腹側化することが明らかとなった。遺伝子発現についても調べると、ChordinやGoosecoidといった背側中胚葉マーカーの発現が低下し、腹側マーカーであるXvent2の発現が背側へと拡大していることがわかった。これらの結果から、XTsh3が背側の形成に必須の機能を果たすことが強く示唆された。

それではXTsh3はどのようなメカニズムで背腹軸決定に関与しているのだろうか。彼らは、ショウジョウバエなどでの知見をヒントに、古典的Wnt経路との関連に注目して研究を進めた。その結果、Wnt応答性遺伝子の発現がXTsh3の発現によって強く上昇することが示された。また、XTsh3の背側化作用はβカテニンを介する古典的Wnt経路に依存していることが明らかとなった。そこで、XTsh3とβカテニンとのタンパク質レベルでの相互作用を解析すると、これらの分子が直接的に結合することが示唆された。

βカテニンはWntシグナルに反応して核に集積し、核内ではTcfなどの転写因子と結合してWnt経路のターゲット遺伝子を転写活性化する。ところが、βカテニンは核局在配列を持っていないことから、効率的に核内に留まり、機能する仕組みは謎のままだ。そこで彼らは、XTsh3とβカテニンの核局在との関係について解析を進めた。まず、培養した外胚葉組織(アニマルキャップ)を用いて細胞内局在を調べたところ、Wntシグナルやβカテニンの活性化とは無関係に、XTsh3は核内に常に局在していることが分かった。続いてβカテニンとの関連を調べると、XTsh3の発現によってβカテニンの核内集積が大きく上昇することが明らかとなった。逆に、XTsh3機能を阻害すると、βカテニンの核内集積は顕著に減少した。

今回の結果から、背側で発現する核タンパク質XTsh3は、βカテニンの核内集積を促進することで古典的Wntシグナルを増強し、初期胚における背腹軸決定に決定的な役割を果たしていることが示された。笹井グループディレクターは、「XTsh3との結合がβカテニンの核内集積を促進させる機序の解明は、今後の最も重要な課題」と語る。またXTsh3が神経胚期以降では尾側中枢神経系などで強く発現しており、予備的な解析からこの部位の神経発生にも必須の役割を果たしていることがわってきた。「背腹軸の決定だけでなく、広くWntシグナルが関わる発生現象で、XTsh3やその関連因子が重要な機能を持っているのではないか」と予測している。




掲載された論文 http://www.nature.com/emboj/journal/v26/n9/abs/7601684a.html

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