独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年5月23日


Sox2が多能性維持に働くメカニズムを解明

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ES細胞の分化多能性は、Oct3/4およびSox2を含む少数の転写因子によって維持されていることがわかりつつある。遺伝子ノックダウンの実験などから、Oct3/4は栄養外胚葉への分化を抑制し、Sox2は栄養外胚葉を含む複数の細胞種への分化を抑制していることが示されている。分子レベルの機能に目を移すと、Oct3/4とSox2は、Oct-Soxエンハンサーを相乗的に活性化し、多能性幹細胞に特異的な遺伝子を転写活性化すると推測されている。興味深いことに、Oct3/4およびSox2自身もOct-Soxエンハンサーを持っており、これらの遺伝子が正のフィードバックループによって制御されていることも示唆されている。しかし、Oct3/4については詳細な解析が進んでいるものの、Sox2がOct-Soxエンハンサーの活性化に必須であるという直接的な証拠はなかった。

理研CDBの升井伸治研究員(多能性幹細胞研究チーム、丹羽仁史チームリーダー)らは、マウスES細胞をモデルにした研究で、Sox2がOct-Soxエンハンサーの活性化を介した多能性の維持に必須でないことを明らかにした。Sox2は複数の転写因子を制御し、Oct3/4の発現レベルを保つことで多能性の維持に機能しているという。この研究成果は、英国の科学誌Nature Cell Biologyに5月22日付けでオンライン先行発表された。なお、升井氏は現在、国立国際医療センター研究所で形質転換ベクター開発研究室を率いる。

Sox2欠損による分化多能性の喪失はOct3/4の発現によってレスキューされる。写真は、Sox2欠損Oct3/4発現のES細胞を導入して作成したキメラマウス胚。ES細胞が、内・中・外胚葉の全てに由来する組織に分化していることから(赤)、多分化能が維持されていることが分かる。

彼らは、ES細胞の多能性維持に必須であることが知られるSox2の具体的な機能解明を目指してきた。升井氏は、「マウスES細胞をモデルに、動物細胞の多能性維持機構に関する知見がここ数年で急速に蓄積し、多能性を司る分子ネットワークのモデル図は次第に単純化されてきました。ところが、Sox2は非常に重要な因子であることがわかりながら、分子ネットワークのパズルにまだはまっていなかったのです」と話す。

彼らはまず、条件的にSox2をヌル欠損させられる実験系を構築し、Sox2を欠損させたES細胞が栄養外胚葉に分化することを確認した。続いて、Oct-Soxエンハンサーを持つ多能性マーカー遺伝子の発現を解析したところ、Sox2を欠損させてもマーカー遺伝子の発現に即時的な減少は見られなかった。一方で、Oct3/4を欠損させるとこれらのマーカー遺伝子の発現は短時間に減少することから、Oct-Soxエンハンサーの活性化には、Oct3/4は必須であるがSox2は必須でないことが示唆された。彼らの行った別の実験では、Sox2を失っても、他のSox因子がその機能を補償している可能性を示していた。

それではどうしてSox2を失うと多能性も失われるのだろうか。彼らは、Sox2の欠損によってある種の遺伝子発現に変化が生じることに注目した。Oct3/4の発現を抑制する遺伝子や、ES細胞を分化に導くことで知られる遺伝子が発現上昇していたのだ。これらの結果は、Sox2がOct-Soxエンハンサーの活性化を介して働いているというよりも、Oct3/4の発現維持と分化誘導遺伝子の抑制によって機能していることを示唆していた。この可能性を検証するために、遺伝子導入によってOct3/4を発現させたES細胞でSox2を欠損させたところ、ES細胞の多能性が維持されることが判明した。Sox2欠損の表現型がOct3/4の発現によってレスキューされるという結果は、Sox2がOct3/4の発現維持に機能しているという予測を強く支持していた。

Sox2がOct-Soxエンハンサーの活性化ではなく、Oct3/4の発現維持によって多能性の維持に寄与しているという今回の結果は、これまで考えられてきたSox2の機能を大きく塗り替えるものだった。「分化多能性の維持に働く因子が同定され、それらの分子ネットワーク形成についてはin silico研究も進んでいる。しかし、今のところその分子機構は謎のままです」と丹羽チームリーダーは話す。「結局のところ、分子機能を一つ一つ丹念に調べていくしかないと考えています」。ES細胞やICMの多能性維持機構は、医学的にも基礎発生生物学的にも極めて重要なテーマだ。今後そのメカニズムの全容解明が期待される。




掲載された論文 http://www.nature.com/ncb/journal/v9/n6/abs/ncb1589.html;jsessionid=
7B543154CC245E181513B8F4A0F67AB8

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