独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年6月15日


細胞移動の分子メカニズムに新たな知見

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発生過程では細胞や組織が体の中を活発に移動し、必要な器官がつくられていく。細胞が道に迷わず目的地にたどり着けるのは、分子による道標があるからだ。線虫C.elegansの生殖巣形成では、生殖巣の両端に位置する細胞(DTC; distal tip cells)がU字型に移動し、結果としてU字型の生殖巣が誘導される。DTCの移動には複数のタンパク質が関わっているが、そのうちの一つに、ADAMTS(a disintegrin and metalloprotease with thrombospondin motifs)ファミリーに属するプロテアーゼ、MIG-17がある。MIG-17は体壁の筋細胞から分泌され、生殖巣の基底膜に局在して機能することが知られる。MIG-17を欠損するとDTCの移動に異常が現れるが、この分子の詳細な機能はまだ良く分かっていない。

理研CDBの伊原伸治研究員(細胞移動研究チーム、西脇清二チームリーダー)らは、MIG-17はそのプロドメインに糖鎖付加を受けることで生殖巣基底膜に局在し、続くプロドメインの自己切断によってDTCの誘導能を獲得していることを明らかにした。ADAMTSプロテアーゼのプロドメインに、新しい機能が示されたことになる。この研究は、The EMBO Journal誌に5月10日付けでオンライン先行発表された。

線虫の切片を、MIG-17のプロドメインに対する抗体(ピンク)、アクチン線維に対する抗体(緑)、DAPI(青)で染色したもの。プロドメインを持つMIG-17は生殖巣などの基底膜に局在している(左)。右はMIG-17を欠損するmig-17変異体の切片。

伊原らはまず、MIG-17のDTC基底膜への局在が、正常な細胞移動に必要であることを改めて確認した。これまでそれを直接的に示す証拠はなかったが、MIG-17を欠損する変異体で細胞膜結合型のMIG-17をDTCのみに発現させたところ、細胞移動の異常が回復することから、MIG-17のDTCへの局在が必要であることがわかった。また、西脇らは以前の研究で、MIG-17の正しい局在に、MIG-23の仲介する糖鎖付加が必要であることを示していた。今回彼らは、正常な線虫と糖鎖付加が起こらないようにしたMIG-17を持つ線虫を比較し、体壁の筋細胞で生産されたMIG-17が分泌の過程で糖鎖付加を受け、それによってDTC基底膜への局在が可能になることを明らかにした。さらに、MIG-17のプロドメインへの糖鎖付加が局在に重要であることも示したが、一方で、糖鎖を持たないMIG-17をDTCで発現させればDTCの移動を制御できることもわかった。このことから糖鎖修飾はMIG-17の局在に必須であるが、機能には必要でないことが明らかとなった。

他のADAMTSファミリーの多くは、分泌に伴ってプロドメインとメタロプロテアーゼドメインの間で切断を受ける。この切断は、他のプロテアーゼによって行われる。そこで彼らは、MIG-17でも同様のことが起きているのかをin vitroで調べたところ、MIG-17の場合は、自らのプロテアーゼ活性による自己切断であることがわかった。さらに、in vivoにおいては、プロドメインの自己切断が、DTCの正常な移動に必要であることが明らかとなった。

ADAMTSファミリーのプロドメインは、自らのフォールディングや分泌、酵素活性の潜在性の維持に機能していることが知られていたが、今回の研究は、MIG-17のプロドメインが特異的な組織への局在にも必要であることを示した。西脇チームリーダーは、「ADAMTSファミリーは分泌タンパクであるだけに、その局在メカニズムを知ることは重要だ。ところが、生体内の器官形成におけるADAMTSファミリーの挙動を時空間的に解析する方法はこれまでなかった。線虫のMIG-17は、それが可能な唯一の実験系であり、プロドメインの新たな機能を見出せたことは重要だ」と話す。「他のADAMTSファミリーにもプロドメインを持ったまま分泌されるケースは複数知られており、MIG-17と同様に、局在シグナルとして機能している可能性がある」。




掲載された論文 http://www.nature.com/emboj/journal/v26/n11/abs/7601718a.html;jsessionid=
10AB8C23EBD39FB1785B69EC2615C328

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