独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年11月1日


発生と腫瘍形成の共通性

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哺乳類の卵子は減数分裂第II中期(metaphaseII, mII)で一端細胞周期を停止し、精子の到来に備える。mII期での停止により単為発生を防止していると考えられるが、受精するとたちまち細胞周期を再開し、減数分裂を完了する。同時に、卵子は卵子としての性質を失い、発生を開始した胚として振る舞うようになる。このmII期停止からの脱出と発生プログラムの開始は、精子が持ち込むシグナルによって引き起こされると考えられる。理研CDBのTony Perryチームリーダー(哺乳類胚発生研究チーム)らは以前の研究で、精子のもつPLCZ1(Phospholipase C zeta 1)と呼ばれる分子が、発生開始シグナルとして機能することを示していた。しかし、卵子自身も別のタイプのPLC分子を持つことなどから、精子由来のPLCZ1がどのようにして特異的な機能を発揮するのかは未解明のままだった。

今回、理研CDBの吉田真子研究員と天内真奈美テクニカルスタッフ(哺乳類胚発生研究チーム、Tony Perryチームリーダー)らは、マウスをモデルにした研究で、PLCZ1の異所的な発現が卵子の単為発生と卵巣腫瘍を誘発することを明らかにした。また、PLCZ1は他の精子タンパク質には依存せず、単独で発生開始のシグナルとなり得ることを示した。この研究はMunich大学(独)などとの共同で行われ、11月号のDevelopment誌に発表された。

PLCZ1を全身で発現する遺伝子改変マウスでは、卵子が単為発生し(左)、卵巣腫瘍を形成した(中央、右)。

彼らは、PLCZ1が単独で卵子の細胞周期を再開できるのか、また、その機能は卵子に限ったものなのか否かに興味があったという。まず、正常個体のPLCZ1の発現をmRNAレベルで調べたところ、脳と雄の精巣に限定されていることがわかった。そこで、PLCZ1を、卵子を含む全身で発現するようにした2系統の遺伝子改変マウスを作成し、表現型の解析を行った。すると、両マウスの雄雌とも一見正常な発生を示したが、雌の繁殖能が非常に低いことがわかった。卵子形成をin vitroで観察したところ、mII期までは正常に進行したが、通常であればそこで停止するはずが、あたかも受精したかのように細胞周期が進行し、さらに胚盤胞期まで単為発生していた。このことから、mII期からの脱出と発生の開始はPLCZ1に特異的な機能であり、また、mII期の卵子に特異的な機能であることが示された。

彼らは、遺伝子改変マウスから取り出した卵丘細胞核を、正常な未受精卵に移植する実験も行っている。その結果、卵子は活性化され発生が開始することから、PLCZ1の機能は他の精子タンパク質に依存しないことも示唆された。

雄の遺伝子改変マウスでは異常が見られない一方、雌では卵巣に奇形腫の形成も見つかった。奇形腫は腫瘍の一種で、内・中・外胚葉性の組織を含むことから、多能性幹細胞に由来すると考えられる。彼らは、PLCZ1の異所的発現によって単為発生を始めた胚が偶発的に排卵されず、卵巣で無秩序に増殖した結果、腫瘍を形成したと予測している。単為発生胚の着床も頻繁に起きたが、子宮内での腫瘍形成は見られなかった。腫瘍形成がなぜ子宮内では起こらず、卵巣のみで起こるのかは不明だった。また、遺伝子改変マウスではヒト卵巣癌と同様の腫瘍を持つものもいたが、ヒトの卵巣上皮腫瘍、良性卵巣腫瘍などではPLZCZ1の発現異常はみられなかった。

今後解明されるべき点は多く残るが、今回の研究は、発生開始のメカニズムと腫瘍形成のメカニズムに、PLCZ1を介した共通の仕組みが存在することを示唆しており、卵巣腫瘍の形成メカニズムを研究する上でも大きな手がかりとなるだろう。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/134/21/3941

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