独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2007年11月16日


EGFRシグナルの波が上皮の陥入を促す

PDF Download

体の中には様々な器官があるが、それらは一体どのようにして作られるのだろうか。発生の過程を見ると、眼、耳などを始めとする多くの器官は、上皮と呼ばれる一層の細胞シートから生み出される。上皮の所々に原基と呼ばれる肥厚部が生じ、そこが胚の内側へと陥入して立体構造をもった器官が分離するのだ。そのため、上皮シートが正しい位置で正しい時期に陥入する必要があるが、そのメカニズムは十分理解されていない。

理研CDB形態形成シグナル研究グループ(林茂生グループディレクター)の西村真由子(神戸大学大学院から連携大学院制度を利用してCDBに所属)らは、ショウジョウバエの気管形成をモデルにした研究で、EGFRシグナルが原基における上皮細胞の動きを調節し、陥入を誘導していることを明らかにした。EGFRシグナルは気管原基において、非筋ミオシンと呼ばれるモータータンパク質の分布を制御していた。この研究成果は、11月1日発行のDevelopment誌に発表された(10月31日にオンライン先行発表)。

陥入初期の上皮断面写真:気管原基の細胞(緑)が頂端側(上側)を収縮し、表面に小さな凹みを生じている。細胞境界は紫で標識。

ショウジョウバエの気管は、上皮が胚の内側に陥入して管状の構造を張り巡らし、体中に酸素を送り込む役割を持つ。西村らは、GFPによって上皮の気管前駆細胞を可視化し、ライブイメージング技術を駆使して、その動きや分裂、形の変化を詳細に追跡した。すると、陥入が起こる約1時間前、細胞の分裂は停止し、原基の内部に位置する数個の細胞が頂端側(表面側)を収縮し、これによって原基表面に凹みが生じた。陥入が起こる直前には、原基周辺の細胞が他の細胞の間に割り込むようにして移動する「インターカレーション」が起きていた。細胞一つひとつの動きを観察すると、全体として陥入開始点に向かって移動していることから、上皮細胞が陥入部位へと押し込まれる駆動力になっていることが示唆された。また、原基周辺の細胞境界がジグザグ状から陥入開始点を中心としたアーチ状になることもわかった。これは、細胞境界に張力がかかっていることを示唆しており、やはり、上皮を内側へと押し込む駆動力になっているようだった。そこで彼らは、細胞表面の収縮に機能することが知られる非筋ミオシンの動態を追った。すると、非筋ミオシンは陥入点を囲むように円周状に濃縮し、インターカレーションやアーチ状細胞境界の形成とその収縮を誘導しているような分布パターンを示した。

気管陥入に伴う上皮細胞とミオシンの動態:気管が陥入する部位(tr1とtr2)では、細胞境界にミオシンが局在し、細胞境界がジグザグ状からアーチ状に変化している(矢印)。アーチ状の細胞境界内側の上皮細胞が次々と陥入部位へ押し込まれていく。

次に彼らは、気管の陥入に働くことが知られるEGFRシグナルとの関連について調べた。EGFRの下流で機能するERKの活性化型(dp-ERK)を可視化したところ、陥入開始前の30分間に、核や細胞質から頂端側(表面側)の細胞表層へと移動していた。さらに興味深いことに、ERKの活性は陥入開始点を中心とした円周状に拡大し、アーチ状細胞境界との関連を想像させるものだった。また、EGFRを欠損する変異体を調べると、細胞頂端側の収縮が生じず、陥入の開始が遅れていた。EGFRの活性化因子や下流因子を欠損した場合も、同様の表現型が観察された。また、これらの変異体では陥入位置が定まらず、異所的な陥入点や複数の陥入点を生じていた。

次に、dp-ERKとミオシンを同時に標識してそれらの局在を追ったところ、ERKの活性化境界はミオシンが局在するアーチ状の細胞境界と重なっていることがわかった。また、EGFRを欠損する変異体では、アーチ状の細胞境界が失われていた。一方で、EGFRのリガンドを異所的に発現させると、本来平らであるはずの上皮に凹みが生じ、周辺の細胞境界にミオシンが局在した。これらの結果は、EGFRシグナルがミオシンの局在を制御し、陥入開始点とその周辺の細胞の動きを調節することで、陥入開始の位置と時期を正しく導いていることを示していた。

林グループディレクターは、「EGFRシグナルとミオシンが機能的にリンクしていることを示すことができました。それぞれの細胞におけるミオシンの収縮力は小さいかも知れませんが、アーチ状につながった細胞境界が収縮することで、その内側にある上皮細胞が陥入部位へと押し込まれていく様子が伺えます。EGFRの活性が円周状に波のように広がることで、周囲の上皮細胞が次々と押し込まれていくと予想しています」と話す。また、「昆虫だけでなく脊椎動物においても、上皮の陥入にミオシンが必須であることから、同様のメカニズムが一般的に働いている可能性があります」と期待を語る。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/134/23/4273

[ お問合せ:独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 ]


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.