独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年2月20日


ES細胞は不均一

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哺乳類の胚発生では、受精卵が数回の分裂を経て桑実胚を形成し、やがて胚盤胞と呼ばれる中空状の構造になり、子宮に着床する。この時期にはそれまで均一だった細胞集団が2種類の細胞に分化し、胚の外側を包む栄養外胚葉と内側の内部細胞塊に分かれる。栄養外胚葉は将来胎盤や胚体外組織の一部になるが、胚そのものは全て内部細胞塊から形成される。そのため、内部細胞塊は体を構成する全種類の細胞に分化する能力を備え、内部細胞塊を培養したES細胞も同様の能力を持つと考えられる。このような細胞は多能性幹細胞と呼ばれ、医療応用可能な細胞の供給源としても注目されている。しかし、ES細胞の機能解析は必ずしも十分でなく、細胞形態などから不均一な集団である可能性も示唆されていた。

今回、理研CDBの豊岡やよい研究員(多能性幹細胞研究チーム、丹羽仁史チームリーダー)らは、マウスES細胞の遺伝子発現を詳細に解析し、少なくとも2種類の細胞集団が存在することを明らかにした。これらは内部細胞塊と初期の原始外胚葉に相当し、分化能の違いも見られたという。この研究はDevelopment誌の3月号に発表された。なお、豊岡研究員は現在Oxford大学で研究を行なっている。

Oct3/4の発現によって選択したES細胞におけるRex1の発現(緑、右は明視野像)。ES細胞にもRex1を発現するものとしないものがあることがわかる。これらの細胞には分化能の違いも見られた。

ES細胞は内部細胞塊やそれより少し発生の進んだ胚盤葉上層から得られ、これら2つの中間的な性質を示すと考えられてきた。しかし、内部細胞塊と胚盤葉上層ではわずかな遺伝子発現の違いが見られる。Oct3/4Rex1は共に多能性マーカーとして用いられるが、Oct3/4が全ての多能性幹細胞で発現しているのに対し、Rex1は内部細胞塊では発現しているものの、胚盤葉上層やさらに発生の進んだ原始外胚葉では発現していない。豊岡らは今回、マウスES細胞においてこれらの遺伝子発現を可視化する系を構築し、詳細な解析を行なった。

まず、Oct3/4+細胞のみが生育する選択培地でES細胞を樹立したところ、これらの細胞におけるRex1の発現はモザイク状であることがわかった。Rex1+細胞とRex1-細胞では、コロニーの形状が異なる傾向もみられた。次に、定量的PCRによってこれらの細胞集団における遺伝子発現を詳細に調べたところ、Rex1+細胞は内部細胞塊と同じような発現パターンを示し、Rex1-細胞は原始外胚葉に近い発現パターンを示すことがわかった。興味深いことに、これらの細胞集団を分離して維持培養したところ、Rex1+細胞がRex1-細胞になる、またはRex1-細胞がRex1+細胞になるといった転換現象がみられた。このことは、Rex1-細胞は初期の原始外胚葉に近い状態で、内部細胞塊の状態へ行き来できることを示唆していた。

内部細胞塊や胚盤葉上層に由来するES細胞は、胚盤胞に戻すと胚形成に寄与してキメラを形成するが、原始外胚葉由来の細胞にはもはやその能力が無い。そこで豊岡らが、Rex1+およびRex1-のES細胞を用いてキメラ形成の実験をしたところ、同じような結果が得られた。すなわち、Rex1+細胞は胚形成に寄与するのに対し、Rex1-細胞は寄与しなかった。

これらの結果から、Rex1+ES細胞とRex1-ES細胞は、それぞれ内部細胞塊と原始外胚葉の発生段階に対応している事が強く示唆された。そこで彼女らは、これらの細胞の分化パターンについても解析を行なった。培地からLIFを取り除いて分化を誘導したところ、Rex1-細胞はRex1+細胞と比較して胚体外組織に分化する確率が低く、逆に中胚葉系列や神経系といった体細胞に効率よく速やかに分化する傾向がみられた。このことからも、Rex1-細胞は体細胞としての分化がより進んでおり、内部細胞塊というよりも原始外胚葉に相当するものであることが支持された。

ES細胞は不均一な細胞集団で、内部細胞塊様の細胞と初期原始外胚葉様の細胞が混在し、これらは相互に転換可能な状態にある。培地からLIFを取り除くと、前者は胚体外組織の細胞に分化し、後者は体細胞へ分化する傾向がみられる。

今回の研究は、一般的に多能性マーカーとされるOct3/4を発現したES細胞であっても、必ずしも均一な細胞集団ではなく、原始外胚葉程度に分化が進んだ細胞も混在していることを明らかにした。豊岡研究員は、「ES細胞を扱う研究者のなかには、細胞の形態などから均一な細胞集団ではないのではないかという漠然とした印象をもっていた人も少なくないと思います。今回、Rex1遺伝子の発現を指標とすることで、遺伝子発現パターンや分化能の異なる亜集団が存在することを示すことができました。遺伝子発現の揺らぎの制御を研究するためのモデルの一つにもなり得るかも知れません」と話す。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/135/5/909
 
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