独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年5月16日

線虫の器官・組織特異的モノクローナル抗体を効率的に作製

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抗体は特定の分子構造のプローブとして研究・実験に有用なツールである。免疫組織化学法やウェスタンブロッティング法、免疫沈降法など、抗原抗体反応を利用した実験法は生物系の研究室で広く用いられている方法である。しかし、抗体の特異性の高さなど、実験の目的に合致したいわゆる「いい抗体」に出会うのは難しい。今回理研CDBの発生ゲノミクス研究チーム(杉本亜砂子チームリーダー)の竹田和正研究嘱託らは、抗原サブトラクション法という画期的な方法を考案し、線虫の生殖顆粒(P granule:生殖系細胞に特異的に存在する顆粒構造)や筋肉、咽頭、下皮細胞などの器官に特異的に発現する構造を認識するモノクローナル抗体を30種以上作製した。これらの抗体の詳細な解析によって、組織・器官の構造に対する新たな知見も得られており、細胞学・発生学研究上役立つ事が期待される。また、このモノクローナル抗体作製法は、他の生物種を含む特定の発生段階や細胞、組織、器官などに対するマーカーの開発などへの応用の可能性が期待される。この研究はGenes to Cellsに掲載される(5月21日にオンラインにて公開)。


竹田研究嘱託が長年以上温め続けてきたこのプロジェクトが今回晴れて日の目を見たのは、竹田研究嘱託が前職の京都大学を定年退職した後の2003年に杉本チームリーダーに送った「C. elegansのいろんな成分に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞を貰って頂けないか」というメールが始まりであった。

ある総説を通じて偶然線虫と出会った竹田研究嘱託は、線虫の発生過程でアポトーシスを起こす細胞や生殖顆粒に興味を持ち、当時ウイルス学研究で使っていたモノクローナル抗体を用いてこれらを特異的に染める抗体を作れないかと考えついた。そこで線虫胚の破砕物を抗原としてモノクローナル抗体を作製した。「抗体を作製した」と一言で言うのはたやすいが、途中、1300以上のハイブリドーマについて、線虫胚に対するウエスタンブロッティング法及び免疫染色法によるスクリーニングをやらねばならなかった。この膨大な労働力を要する実験を「当時は本業のテーマが別にあったので、こっそりやっていたんですよ」と竹田研究嘱託は語る。しかし、線虫胚破砕物を抗原とした通常の方法では特異的な構造を染める抗体は得られず、ほとんどが非特異的に胚全体を染める抗体であった。そこでこれらの抗体で反応する物質を取り除けば、最初に使った0免疫原中に多量に存在する抗原物質を取り除けることになり、差し引き後の抽出液はより組織特異的で含有量の少ないタンパク質などの物質がより多く残ることになる。竹田研究嘱託はこのようにして得られた抽出液を免疫原として再度モノクローナル抗体の作製に挑み、生殖顆粒や筋肉、咽頭、下皮細胞などに特異的に発現しているタンパク質などの構造物を認識する抗体30種以上を得ることができた。

実はここまでは既に20年前に実験が行われており、抗体を生産するハイブリドーマ細胞は液体窒素の中で眠っていた。今回、発生ゲノミクス研究チームに加わった竹田研究嘱託は渡邉智英テクニカルスタッフとともにこの宝の山をすべて起こし、各抗体について精製、免疫染色をやり直した。20年前の当時とは顕微鏡の技術が格段に進んでおり、またそれぞれの抗体について詳細な条件検討を行った渡邊テクニカルスタッフの努力もあり、それぞれの器官、細胞を美しく染めるモノクローナル抗体の免疫染色像が得られた。詳細な染色像により今まで知られていなかった組織内、細胞内の構造が明らかになってきている。この免疫染色像は発生ゲノミクス研究チームHP (http://www.cdb.riken.jp/dge)内にあるKT mAbs データベース(http://www.cdb.riken.jp/dge/KTmAbDB/KTtop.html)にて閲覧可能である。また、発生ゲノミクス研究チームでは抗体の配布も行っており、既に国内外からのリクエストに対してのべ30種の抗体を提供している。


抗体サブトラクション法の概略(左)と 今回得られたモノクローナル抗体による免疫染色の顕微鏡写真(右)


この抗体の解析を通じて、生殖顆粒や下皮細胞を始め各組織・器官の細胞レベルでの詳細な構造解析が明らかになり、新たなプロジェクトに発展しつつある。また、各抗体の抗原タンパク質同定についても現在研究を進めている。


「線虫の研究者コミュニティーは、情報や研究成果を共有することにより全体に発展していこうという意識が以前からあった。今回作成した抗体もデータベースとしてHPに公開し、出来るだけ多くの研究者に配布したいと考えています」と杉本チームリーダーは語る。 抗体を用いたさらなる解析により、生命現象の新たな知見と、この方法を用いた、例えば発生段階特異的、特定の組織・器官特異的な抗体の作製など様々な応用が期待される。

掲載された論文

http://www.blackwell-synergy.com/doi/abs/10.1111/j.1365-2443.2008.01195.x

 


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