独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年6月5日

GDNFは特異的な運動ニューロンに選択的に影響を与える

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神経系の発生や分化、生存、機能には神経栄養因子をはじめとするさまざまな分子が関与している。神経栄養因子の一つであるGDNF (Glial cell-line derived neurotrophic factor)は、神経細胞の生存や、遺伝子発現制御、発生過程のシナプス除去などに非常に重要な役割を担っており、特に脊髄の運動ニューロンの発生と分化、生存に深く関与している。脊髄の運動神経は脳からの指令を骨格筋へと伝える遠心性の情報伝達路である。運動神経の情報を受け取る骨格筋は、収縮・伸展により骨などの運動器を実際に動かす錐外筋と、筋の長さを感知し調整する筋紡錘を構成する錐内筋の二種の筋繊維から構成されている。GDNFノックアウトマウスでは運動ニューロンが特に欠損、減少していることが報告されているが、このノックアウトマウスは生後すぐに死亡するため、GDNFがある特異的な運動ニューロンに選択的に影響を与えるのか、未だ分かっていなかった。


今回神経分化再生チーム(榎本秀樹チームリーダー)のThomas Gould研究員は、GDNFあるいはGDNF受容体の機能は、錘内筋に軸策を伸ばすガンマ運動ニューロンの生存に必須であることを明らかにした。Gould研究員はさらに、運動ニューロン生存のGDNF依存性が生後数日までに限定されることを明らかにした。この論文は、The Journal of Neuroscience誌の2月号に掲載された。

研究を進めるにあたりまず壁にぶつかった。GDNFシグナルのホモノックアウトマウスは腎臓や消化管の機能不全のため生後すぐに死亡してしまう。これでは脊髄の運動神経細胞に対してGDNFシグナルがどのような役割をしているのか詳細な解析は難しい。「マウスを用いた実験系では多くの研究室で似たような問題を抱えている」とGould研究員は語る。そこでGould研究員はマウス体内で条件特異的に遺伝子をノックアウトすることができるコンディショナルノックアウトマウスを使用した。「われわれの研究室のコンディショナルノックアウトマウスでは、たとえば運動ニューロンなどある一部の細胞においてのみGDNFシグナルを欠損させることができるので、生後すぐに死ぬことがない。」

しかしさらに第二の壁が続く。運動ニューロンを可視化し正確に定量する方法だ。この問題は運動ニューロンに発現する遺伝子をラベルし細胞を数えることによって解決した。

生後すぐのGDNFノックアウトマウスで腰部運動ニューロン数を数え、運動ニューロンの下肢筋群への投射パターンと比較した。投射パターンからは腓骨筋、大殿筋、腸腰筋の三つの筋においてのみ異常が認められた。過去にGDNFは腓骨筋を支配する運動ニューロンの軸策誘導に関与するという報告もあり、その結果と今回の結果は一致している。ところが、GDNFやその受容体のノックアウトマウスには腓骨筋の神経に異常のない個体がしばしば認められるが、そのような個体でも、かなりの運動ニューロン数の減少があった。そして、その減少は、大殿筋と腸腰筋に分布するニューロンの異常だけでは説明できなかった。この発見から、GDNFシグナルの運動ニューロンに対する影響は、支配筋だけでなく支配する筋繊維の種類(錘内筋・錘外筋)によっても異なるのではないかとGould研究員は考え研究を進めた。
調べてみると、Retノックアウトマウスでは錘内筋への投射がほぼすべて欠損していたのに対し、錘外筋への投射はほとんど変化は見られなかった。この錘内筋への運動ニューロン投射の選択的な欠損はGDNFノックアウトマウス、GFRα1ノックアウトマウス双方において同様であった。

運動ニューロン特異的にRetとGFRα1をノックアウトしたマウスでも、やはり錘内筋への投射が欠損していた。いつ、このような異常がおこるのであろうか。GDNFシグナルを欠くマウス胎児を調べたところ、筋紡錘に運動神経線維が投射する時期と一致して運動ニューロンに異常なアポトーシスが認められた。GDNFは発生中の錘内筋繊維に高く発現されることもわかった。この結果は、GDNFが標的由来生存因子としてガンマ運動ニューロン発生に関わっていることを示唆していた。

更に、Ret、GFRα1のコンディショナルノックアウトマウスを、タモキシフェン誘導性Cre遺伝子を発現するマウスと掛け合わせたマウスを作製した。このマウスではタモキシフェンによりRet、GFRα1の機能喪失を誘導できる。このマウスを用いて生後数日たってからGDNFシグナルを欠損させたところ、発生時にGDNFシグナルを欠いた場合とは対照的に、錘内筋への投射に異常は認められなかった。つまり、ガンマ運動ニューロンの生存は発生の後期に限定してGDNFに依存することが示唆された 。

上:L4脊髄背側とるトルイジンブルー染色
下:筋紡錘内の筋と神経線維。左がW.T.、右がRet K/O(赤:感覚神経の神経末端、緑:運動ニューロン、青:筋繊維)


Gould研究員は「運動ニューロンの変性疾患である筋委縮性側索硬化症(ALS)では、アルファ運動ニューロンの細胞死とGDNFの機能不全との関連が示唆されてきた。しかし我々のこの研究により、生理的条件下ではGDNFはアルファ運動ニューロンよりガンマ運動ニューロンに深く関わっていることが分かった。したがって、GDNFシグナル不全とALS発病や症状との関連はより慎重に考察する必要がある。」と語る。

 

掲載された論文

http://www.jneurosci.org/cgi/content/abstract/28/9/2131



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