独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年6月23日

「上皮‐間充織転換(EMT)」の制御機構に新たな知見

PDF Download

動物胚を構成する細胞は、形態学的な観点から「上皮性」と「間充織性」の2種類に大別される。上皮性の細胞は一般的に円筒状で、細胞同士が密に接着し、基底膜と呼ばれる細胞外組織の上にシート状に並んでいる。これに対し、間充織細胞は不規則な形態で、細胞同士が部分的に接着し、自由に移動できる運動性をもつ。発生初期では、個々の細胞が増殖、遊走、凝集といった挙動を繰り返しながら位置や形態を変化させ、器官が形づくられていく。興味深い点は、この過程において細胞が2種類の形態を相互に変化させていることだ。特に「上皮性」から「間充織性」へ変化する現象は「上皮‐間充織転換(Epithelial to Mesenchymal Transition: EMT)と呼ばれ、原腸形成を始めとする発生時の様々な形態形成過程でみられる。この制御機構が働かないと器官形成に不具合を起こすことから、EMTが正常発生に必須であることがわかる。しかし、EMTの制御機構は、培養細胞である程度明らかになっているものの、生体内の3次元環境においては十分理解されていない。

今回、理研CDBの仲矢由紀子基礎科学特別研究員(初期発生研究チーム、Guojun Shengチームリーダー)らは、ニワトリ胚の原腸陥入をモデルにした研究で、RhoAと呼ばれるタンパク質がEMTにどのような役割を持つのか検討した。その結果、RhoAが上皮細胞の基底面で微小管を安定させ、細胞外の基底膜の維持に寄与していることが示された。原腸陥入では基底膜の分解が最初に起こりEMTが進行するが、RhoAの消失が基底膜の分解に必要であることが明らかになった。この研究成果は、Nature Cell Biology誌に6月15日付でオンライン先行発表された。


原腸形成期のニワトリ胚切の切片(原条primitive streak中央にした横断面):核をシアン、RhoAを赤、基底膜(ラミニン)を緑で染色している。細胞基底面におけるRhoAの消失は、原条での基底膜の分解に必要である。


原腸陥入は、体の形づくりの最初に起こる極めて重要な形態形成運動であり、広く動物種に保存されている。具体的には、原腸陥入によって動物の体づくりの基本となる内・中・外の3胚葉が形成される。ニワトリ胚の場合、エピブラスト(上皮性細胞)と呼ばれる細胞が原腸(体の中心にある溝)を通過して中胚葉細胞に変化し、この際、細胞形態が上皮性から間充織性に変化するEMTが起こる。仲矢研究員は、「EMTは、細胞間接着の解離や基底膜の分解といった一連の細胞反応からなる複合的な現象ですが、ニワトリ胚の原腸陥入ではそれらを明確に観察する事ができます。一方、RhoAは、培養細胞を用いた研究で、細胞骨格を介して細胞形態を制御することが示されていますが、器官形成過程でどのような役割を果たすのかは良く分かっていませんでした」と話す。そこで彼女らは、ニワトリ胚の原腸陥入をモデルに、RhoAに着目してEMTの制御メカニズムを探ることにした。

研究チームはまず、原腸陥入におけるRhoAの機能を調べるために、エレクトロポレーション法により、ニワトリ初期胚のエピブラストにRhoA遺伝子を過剰発現させた。すると、エピブラストが原腸を通過する際に本来分解されるべき基底膜が分解されず、EMTが阻害されていることが分かった。さらに詳しく調べると、RhoAを過剰発現した細胞では、基底面付近で細胞の形態を支えている微小管タンパク質が、正常細胞と比べて多く発現していることが明らかになった。一方、微小管の重合を阻害する薬剤でニワトリ胚を処理すると、本来は基底膜が分解されない位置でも分解が起きていた。また、RhoAタンパク質の翻訳を阻害することでRhoAの機能を消失させると、微小管の重合を阻害した場合と同様の結果が得られた。

これらの結果から、上皮細胞においてRhoAは、細胞骨格タンパク質である微小管を細胞内の基底面で安定させて細胞外の基底膜の維持に関与していることが示された。そして、EMTの進行過程では、細胞の基底面におけるRhoAの機能消失が、基底膜の分解に必要であることが示唆された。仲矢研究員は、「これまでEMTをめぐる研究は、培養細胞を用いて急速に発展し、分子基盤に関する知識は複雑化の一途を辿っていました。多くの研究者が生体内での解析が必要と考えていましたが、今回の研究は、器官形成過程におけるEMT制御の新たな分子機構の存在を示せたと思います」と話す。「EMTは発生時の器官形成だけでなく、上皮性癌の浸潤や転移にも関わっていることが知られています。ニワトリ胚は飼育が容易ですし、ニワトリ胚の原腸陥入が今後のEMT研究の良いモデルになることを期待しています」。

 

掲載された論文

http://www.nature.com/ncb/journal/v10/n7/abs/ncb1739.html



Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.