独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年10月15日

FGFシグナルとWntシグナルによる内耳分化誘導のメカニズム
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耳は聴覚と平衡感覚をになう感覚器であり、外耳・中耳・内耳からなるその構造は非常に複雑である。特に、蝸牛と前庭から構成される内耳は、骨迷路・膜迷路と呼ばれるほど複雑な構造を持つ。内耳の始まりは、耳プラコードと呼ばれる単純な一層の外胚葉であり、この細胞層が陥入し、形を変えていくことで複雑な内耳構造が形成される。この内耳の初期発生には、繊維芽細胞増殖因子(FGF)とWntによるシグナル伝達機構が必要である。まず、中胚葉から分泌されるFGFシグナルが神経外胚葉に働きかけてWntの発現を誘導し、次にこれらFGFおよびWntシグナルが隣接する外胚葉に協同的に働きかけて耳プラコードを誘導する。しかし、FGFシグナルとWntシグナルそれぞれが発生のどの時期で作用し、どのような役割を果たしているのか、その詳細についてはまだ明らかではなかった。今回、理研CDBのSabine Freter研究員(感覚器官発生研究チーム、Raj K. Ladherチームリーダー)らは、ニワトリ胚をモデルとした研究を行い、FGFシグナルが内耳(Otic)および脳神経節(Epibranchial)の予定領域をまず誘導し、引き続くWntシグナルは内耳の予定領域分化のみを促進するという、新たな内耳の分化誘導モデルを提唱した。この研究成果はDevelopment誌10月号に掲載された。


耳プラコード誘導には中胚葉からのFGFシグナルが必要であるが、その発現は一過性であり、耳プラコード誘導後、更に内耳が分化する前に消失する。耳プラコードは、隣接する上鰓プラコードとの共通の予定領域(Otic epibranchial progenitor domain: OEPD)が誘導され、その後OEPDから耳プラコードと上鰓プラコードとなる領域にそれぞれ分かれていくことが知られている(図1)。

図1ニワトリ胚発生
A拡大:感覚器プラコードの予定地図。耳プラコードを含む聴覚、嗅覚、視覚などの感覚器の中心部分の予定領域である頭部プラコードは、原腸陥入期の胚(A)の頭部神経板(A拡大図灰色部分)両側から発生する。このうち耳プラコードと上鰓プラコードは隣り合って存在し、共にPax2遺伝子を発現する共通の予定領域(OEPD:Otic epibranchial progenitor domain)から誘導される。


まずFreter研究員らは、FGFシグナルがこのOEPDの誘導および、その後の内耳への分化に如何に関与するのか詳細に検討した。FGFを遺伝子導入により過剰発現させると、OEPD領域が拡大することが確認された。しかし意外なことに、OEPD領域から内耳への分化は阻害されることが明らかとなった(図2)。一方FGFの発現を抑制すると、OEPDの誘導が抑制され、内耳への分化も正常には起こらないことがわかった(図3)。


図2 FGF過剰発現(左)・発現抑制(右)したニワトリ胚、 FGFを過剰発現したニワトリ胚では、OEPDマーカーであるPax2の発現が拡大するが、内耳マーカーであるSoho1の発現は抑制された。一方FGFを発現抑制すると、Pax2、Soho1の発現ともに消失した。

図3 FGFシグナルと内耳分化


これらの結果からFGFシグナルはOEPD誘導に必要であるが、OEPD誘導後内耳への運命決定にはFGFシグナルは必要ではなく、他の因子が関与していると考えられる。そこでFreter研究員らは、FGFと同様に内耳の初期発生への関与が示されるWntシグナルに着目した。Wntシグナルを活性化すると、OEPDの誘導とOEPDから内耳への分化に大きな影響はみられなかったが、OEPDから脳神経節への分化が阻害された。一方Wntシグナルを抑制すると、OEPDは正常に誘導されたが、内耳への分化が阻害された。以上より、神経外胚葉から分泌されるWntシグナルは、FGFシグナルによるOEPD誘導後、OEPDから内耳への分化を促進することで、内耳と脳神経節への運命決定に関与することが示された(図4)。


図4 Wntシグナルと内耳分化


今回の結果から、FGFとWntシグナルは、ある時期、領域では協調して働き、また別の時期、領域では個別に作用するなど、時間的空間的制御な制御を通じて、内耳と脳神経節を分化誘導することが明らかになった。

Freter研究員は、「内耳の予定領域であるOEPDの誘導に必要なFGFが、OEPD誘導後の内耳の運命決定には逆に阻害的に作用するという事実は予想外でした。FGFシグナルによるこのような制御メカニズムが、他の器官の分化誘導にも同様にみられる現象なのかどうか非常に興味深いところです。」と語る。




掲載された論文

http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/135/20/3415



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