独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年11月4日

16年間凍結保存のマウス死体からクローン個体を作成
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クローン動物といえばロスリン研究所のドリーを想起させる。しかし、体細胞クローンの歴史は1962年にまで遡る。この年、オックスフォード大学に所属していたJohn Gurdon氏は、分化した上皮細胞の核を卵子に移植し、アフリカツメガエルのクローン個体を作成したと発表した。これにより、核内の遺伝情報が発生や分化を経ても失われることなく維持され、再び発生を繰り返す能力を持つことが初めて証明された。その後、羊のドリーを始め、ブタ、ウマ、ヤギ、マウスなどの哺乳類でも体細胞クローンが作られている。クローン技術は畜産など多くの分野で応用が期待され、その一つに絶滅種の復元がある。しかし、体細胞クローンの作成には生きた細胞が必要であることなど、課題は多い。


今回、理研CDBの若山清香研究員(ゲノム・リプログラミング研究チーム、若山照彦チームリーダー)らは、16年間凍結保存していたマウスの体細胞を核ドナーに用い、クローンマウスを作成することに初めて成功した。長期保存されていた死細胞の核にも発生に必要な遺伝情報が維持されていることが示された。また、これまで核ドナーに適さないと考えられてきた脳細胞が、凍結保存の場合は最適であることもわかった。この成果は、米科学誌PNASに11月3日付でオンライン先行発表された。


新たに開発した「すり潰し法」によって、16年間凍結保存した死細胞から取り出した体細胞核。核が完全に分離していることが分かる。


若山らは近年の研究で、凍結乾燥した精子でも顕微授精によって子孫を作れることを示し、死細胞の核が正常な遺伝情報を保持し得るという感触を得ていた。しかし、死細胞を核移植のドナーに用いるには2つの困難があった。第一に、核移植に用いるには単一の細胞を得る必要があるが、死んだ組織では、細胞同士を解離するための酵素処理によって核自体が損傷してしまう。第二に、単一細胞が得られたとしても、通常用いる核移植法、すなわち卵子とドナー細胞の細胞融合法が適用できない。そこで彼らは試行錯誤を重ね、組織を酵素処理せずに4℃の特殊培地の中で「すり潰す」ことで単一の核を得る方法を確立した。彼らはドナー細胞から摘出した核をガラスピペットで直接卵子に移植する方法を以前に開発していたが(1998年、この方法により世界初のクローンマウス作成に成功)、今回はそれをさらに改良した。「すり潰し法」で得た核は細胞膜に保護されていないため、ガラスピペットなどに付着して容易に損傷する。今回、培地にポリビニルアルコールなどを添加することで、この問題も解決した。これらの技術改良により、死細胞を用いた核移植に目処がたった。


そこで、16年間を最長に、凍結期間の異なるマウスからそれぞれ11種類の組織(脳、心臓、腎臓、血液など)を摘出し、核移植を行って胚盤胞への発生率を検証した。すると、ほとんどの細胞種でクローン胚が樹立されたが、意外にも脳細胞を核ドナーとした場合の発生率が最も高く、ついで血液細胞の成績が良かった。これまで、成体の脳細胞からクローン個体の作成に成功した例はなく、脳細胞は核ドナーに適さないと考えられていた。

次に、これらのクローン胚を代理母の卵管に移植して発生させたところ、短期間凍結保存(1週間および1ヶ月間)していた脳細胞からはクローンマウスが誕生したが、16年間凍結保存していた脳細胞からは誕生しなかった。若山らは、これが保存期間の違いによるものではなく、マウスの種類によるものと考えた。16年間凍結保存されていたマウスは、クローン個体作成の成功例がないC3Hという系統だったからだ。

そこで、クローン個体の作成よりも成功率の高いクローンES細胞の樹立を試みた。その結果、16年間凍結保存した脳細胞由来のクローン胚からもクローンES細胞が樹立され、これらの細胞はES細胞を特徴づけるマーカー遺伝子を発現していた。さらに、これらのクローンES細胞を用いて再度核移植を行ったところ、ドナーマウスの保存期間や系統に関係なく、いずれの条件でもクローン個体の出生率が改善した。16年間凍結保存のクローンES細胞からも4匹のクローンマウスが生まれ、生殖能も正常であることが確認された。

16年間凍結保存されたマウスの体細胞から2度の核移植を経てクローンマウスが誕生した(左)。クローンマウスの生殖能は正常だった。

今回の成果は、凍結保護剤なしに長期保存された死細胞でも、核内の遺伝情報は維持されており、核ドナーとしてクローンES細胞やクローン個体の作成に利用できることを示した。若山チームリーダーは、「死細胞の場合、1回の核移植では核のリプログラミングが不十分で、2回目の核移植によって発生可能な状態にまで初期化されたのだと思います。深い眠りについていたとしても、遺伝情報が保持されていたことは確かです」と語る。「通常不可能と考えられる状態から子孫を作るのが私たちの研究テーマの一つです。絶滅種の復元を想定すれば様々な課題が残りますが、核ドナーとなる細胞のソースを大幅に広げたという意味でも今回の成果は重要な意味をもつと思います」。




掲載された論文

http://www.pnas.org/content/early/2008/10/31/0806166105

理研プレスリリース
へのリンク
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2008/081104/index.html


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