独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年12月11日

細胞間の接触が細胞増殖を制御するしくみ
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器官や臓器の大きさはどのように制御されているのだろうか。その答えの一つは細胞増殖のコントロールにある。細胞周期を調節する因子に変異が生じると、通常より臓器や体が大きくなる例が知られている。培養細胞では細胞増殖の接触阻止という現象が知られており、正常な細胞は高密度になって互いに接触すると増殖が抑制される。一方で、癌化した細胞は無秩序に増殖し、腫瘍形成を招く。このように、細胞間の接触による細胞増殖の制御は、発生に極めて重要な意味をもつが、その仕組みは十分には分かっていない。


理研CDBの大田光徳研究員と佐々木洋チームリーダー(胚誘導研究チーム)はマウスをモデルにした研究で、TeadおよびYap1と呼ばれるタンパク質が細胞増殖の接触阻止を制御していることを明らかにした。TeadはYap1とともに転写因子として細胞増殖を促すが、ショウジョウバエで発見された癌抑制シグナル経路であるHippoシグナルの制御下にあるという。この研究成果は、11月21日付けでDevelopment誌にオンライン先行発表された。


この発見は「ほとんど偶然から始まった」と大田研究員は話す。彼らは以前より、マウスの初期発生においてシグナルセンターとして機能する結節・脊索(node / notochord)を対象に研究を行ってきた。この部位はさまざまなシグナルを分泌し、周囲の細胞に影響を与えて胚の基本構造を誘導する。この結節・脊索の形成に必須な遺伝子の発現を促進する因子としてTeadとその活性化因子であるYap1に注目していた。ところが、Yap1の発現をマウスの培養細胞NIH3T3で調べていたところ、興味深い現象に気付いた。培養した細胞の密度とYap1の細胞内局在が連動していたのだ。細胞が活発に増殖する低密度ではYap1が核に局在し、増殖が抑制される高密度では細胞質に局在していた。この時、「Yap1とTeadが細胞増殖の接触阻止に関係していることを初めて疑った」という。そこでTead1についても調べると、予測どおり、低密度の培養で核への局在が増加し、転写活性も上昇していることが明らかになった。

Yap1は増殖が盛んな低密度の細胞では核に局在し、増殖が抑制された高密度の細胞では細胞質に局在している。Tead1の局在も同様の傾向がみられる。


ショウジョウバエでは、Yap1に相当する遺伝子がHippoシグナルの制御下にあることが知られている。そこで大田研究員は、Hippoシグナルの構成因子であるMst2およびLats2の過剰発現を行った。すると、いずれの場合もTeadの転写活性が低下した。これらの結果は、細胞密度、すなわち細胞間接触の情報がHippo経路を介して細胞内に伝わり、Teadの転写活性を調節することで細胞増殖を制御していることを示唆していた。さらに彼らは、Yap1や活性型のTead(Tead2-VP16)を発現させてTeadの活性を上昇させると、実際に細胞の増殖が促進し、細胞死が抑制されること、さらに腫瘍が形成されることを確認した。これらの結果はいずれも、TeadがYap1とともに細胞増殖の接触阻止を制御していることを支持していた。


次に、Yap1やTeadに制御されている遺伝子を明らかにするためにマイクロアレイ解析を行った。すると、高密度の培養で抑制される遺伝子セットと、Yap1あるいは活性型のTead2により活性化される遺伝子セットは大きく重複していることがわかった。すなわちYap1とTead2は同じ遺伝子群を活性化して、細胞増殖を調節していることが示された。


しかし、in vivoでは少し状況が異なっていた。Tead1とTead2、あるいはYap1をそれぞれホモ欠損する胚においては、培養細胞の研究で明らかにされたTead/Yap1の標的遺伝子のうち、一部のものしか発現低下がみられなかったのだ。これは、TeadやYap1が細胞の種類や状態によって、異なる遺伝子を制御していることを示唆していた。また、Tead1とYap1の胚おける発現を調べたところ、胎生8.5日から10.5日の胚において、Tead1はすべての細胞で核に局在するが、心筋細胞や脊索で特に強いシグナルが見られた。Yap1も広く発現しているが、脊索や筋節に強く発現し、特に心筋細胞ではTead1と共に核に局在していた。これらの結果は、胚の中では、細胞の種類や状態によってHippoシグナルの強さが異なることを示唆していた。Tead1とYap1の発現パターンから、心筋細胞ではHippoシグナルが非常に弱く、TeadとYap1が細胞増殖を促進していると考えられた。実際に、Tead1欠損マウスでは心筋細胞の増殖が大きく低下していることが確認された。


これらの研究から、TeadはYap1依存的に転写因子として機能し、Hippoシグナルの制御下で細胞増殖を調節していることが明らかになった。佐々木チームリーダーは、「ショウジョウバエの研究で、Hippoシグナルが臓器の大きさを制御していることが示されていました。今回の研究は、哺乳類においてもHippoシグナルが細胞増殖に関わることや、そこにTeadが寄与する仕組みを明らかにできたと思います」とコメントし、今後の展開について次のように話した。「私たちは、別の研究から、Teadはマウスの発生において増殖制御以外の機能も担っていることを明らかにしつつあります。今後は、細胞間接触の情報とHippoシグナルが、哺乳類の発生でどのような働きをしているのかを明らかにしていきたいと思います」。




掲載された論文

http://dev.biologists.org/cgi/content/abstract/135/24/4059



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