独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年7月8日

LIFが多能性を維持する仕組みを解明
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マウスES細胞の多能性を維持するためには、LIF(leukemia inhibitory factor)が必要であることは良く知られている。LIFを培地から取り除くと、ES細胞はたちまち分化を始めてしまう。LIFは幾つかのシグナル経路を介して、多能性を維持する3つの転写因子、Sox2、Nanog、Oct3/4を制御していると考えられているが、その詳しい地図はまだ描けていない。ES細胞における多能性維持のメカニズムを理解するためには、LIFによる制御機構を解明する必要があった。


今回、理研CDBの丹羽仁史チームリーダー(多能性幹細胞研究チーム)らは、LIFが2つの平行するシグナル経路を介してSox2、Naonog、Oct3/4を制御し、マウスES細胞の多能性を維持していることを明らかにした。それぞれの経路を構成する因子が明らかになるとともに、2つの経路を介することでOct3/4の発現がより安定的に維持されていることも示唆された。この研究成果は科学誌Natureの7月2日号に掲載された。

マウスのES細胞では、LIFが2つの平行するシグナル経路を介してSox2、Nanog、Oct3/4の発現を誘導し、多能性を維持していることが明らかになった。一方、MAPキナーゼ(MAPK)経路はTbx3に対して抑制的に働いていた。


近年、LIFの不在下でも、NanogあるいはStat3と呼ばれるシグナル因子を過剰発現することで、マウスES細胞の多能性を維持できることが示されていた。つまり、これらの因子がLIFの下流で3つの転写因子、Sox2、Nanog、Oct3/4を制御していることが示唆されるが、その具体的な経路は不明だった。

丹羽らはまず、Klf4やTbx3といった転写因子を過剰発現させた場合も、LIF非依存的に自己複製を維持できることを見出した。そこで次に、LIF不在下で、Nanog、Klf4、Tbx3のいずれかの過剰発現によって維持されたES細胞における、内在性遺伝子の発現量を調べた。すると、いずれの場合もOct3/4の発現は安定的に維持されていたが、興味深いことに、NanogとTbx3を発現させた細胞では、Klf4の発現量が野生型のES細胞(LIF不在下で培養)と同様のレベルに低下していた。また、これらの細胞ではSox2の発現も低下していた。この結果は、NanogとSox2は異なる経路でOct3/4を活性化するというこれまでの知見を支持していた。続いて各因子に対する抗体染色を行ったところ、Nanog、Klf4、Tbx3の発現量は細胞によってバラつきがあるのに対し、Oct3/4の発現は均一だった。この結果は、3つの不均一なシグナルが何らかの仕組みによって1つの均一な出力を生み出していることを示唆していた。また、いったんLIFを除去したES細胞に再びLIFを与えたところ、Tbx3とNanogの発現に変化はなかったが、Klf4の発現量が上昇することが確認された。


LIFの下流には3つのシグナル経路、Jak-Stat3経路、PI(3)K-Akt経路、MAPキナーゼ経路が知られている。ES細胞においては、PI(3)K-Akt経路とMAPキナーゼ経路は複数の上流因子をもつのに対し、Jak-Stat3経路はLIFのみによって制御されている。今回丹羽らは、LIFの存在下でこれらの経路を特異的に阻害あるいは活性化する実験を行った。まず、Jak-Stat3経路を阻害すると、Klf4の発現は抑制されたが、Tbx3とNanogの発現には影響がみられなかった。また、PI(3)K-Akt経路を活性化すると、Tbx3とNanogの発現が上昇したが、Klf4は影響を受けなかった。さらに、MAPキナーゼ経路を阻害するとTbx3の核移行が促進することから、MAPキナーゼ経路はTbx3転写活性に抑制的に働いていることが示された。これらの結果は、2つの平行する経路、Jak-Stat3経路とPI(3)K-Akt経路が、それぞれKlf4とTbx3を介して、Oct3/4の発現を活性化していることを示していた。これら一連の結果から、彼らは上図のモデルを提唱している。


「今回の研究では、ES細胞において多能性の維持に関与しているシグナル伝達機構の詳細を明らかにすることができました。それによると、LIFは2つの経路を介してOct3/4を活性化し、多能性をより強固に保証している可能性があります」と丹羽チームリーダーは話す。「今回の知見が、多様な環境下で幹細胞が維持されるメカニズムの解明につながれば良いと思います」。

掲載された論文

http://www.nature.com/nature/journal/v460/n7251/full/nature08113.html#abs



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