独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年8月30日

人類は宇宙で繁栄できるのか?
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宇宙に対する我々の興味は尽きず、多くのSF映画が地球外の惑星や巨大な宇宙ステーションで繁栄する人類を描いてきた。しかし、これが実現するためには地球とは異なる重力環境で正常に繁殖できることが必要だろう。実際、微小重力下における受精や発生の実験が多く行われ、大きな影響は無いことが示されている。しかし、それらの実験のほとんどはウニや両生類、鳥類を用いた実験だった。われわれ哺乳類の場合はどうだろう?


理研CDBの若山照彦チームリーダー(ゲノム・リプログラミング研究チーム)らは、広島大学の弓削類教授と三菱重工業が共同開発した3D-クリノスタットという装置を用い、微小重力がマウスの発生に与える影響を調べた。その結果、微小重力下では胚盤胞への発生が遅延し、栄養外胚葉への分化が抑制されることが明らかになった。また、これらの胚を代理母に移植した場合、産仔率は通常の約半分に低下した。この研究成果は、米国のオンライン科学誌PLoS ONEに8月25日付けで発表された。

微小重力下で体外受精し96時間培養を続けた胚(右)と、1Gのコントロール胚(左)。栄養外胚葉を構成する細胞を青く、内部細胞塊を構成する細胞を赤く染めている。微小重力下で培養すると、胚の極性や形は正常だが、栄養外胚葉の分化が抑制されることがわかった。


微小重力が哺乳類の繁殖や発生に与える影響を調べた実験は少ない。1979年にロシアのロケット、コスモス1129によってラットの雄雌が宇宙に打ち上げられたが、数匹のラットが妊娠したものの、出産には至らなかった。結局その詳しい原因は分からず、以降、この種の実験に大きな進展はない。実験系の打ち上げコストが莫大である上に、そもそも哺乳類は環境の変化に敏感で、実験自体がうまく行かないためだ。また、宇宙での初期胚の取り扱いは、現在の技術では不可能に近い。

広島大学と三菱重工業が共同開発した3D-クリノスタット。スペースシャトル内と同様の微小重力環境(10-3G)を高精度に再現できる。若山らはこの装置を用いた体外受精、初期胚の培養法を確立した。


そこで若山らは、広島大学の弓削教授と三菱重工業が共同開発した3次元重力分散型模擬微小重力装置(3D-クリノスタット)を用いることにした。この装置はスペースシャトル内と同じ微小重力環境(10-3G)を高精度につくり出すことができる。興味深いことに、この装置を用いた微小重力環境下では、幹細胞の分化が抑制されることが示されている。若山らはまず、培地の組成や培養時間など種々の条件を検討し、3D-クリノスタット内での体外受精および初期胚の培養を可能にした。

そこで、3D-クリノスタット内で体外受精を行ってから6時間後に卵子を回収し、微小重力の影響を調べた。その結果、微小重力下でも84%の卵子が正常に受精しており、1Gのコントロール実験(重力以外の条件は全て同じ)と有意な差は見られなかった。一方で、多精子受精が増加し、単為発生が減少するなど、微小重力下では精子の運動性が上昇することが示唆された。

次に、体外受精から連続して24時間あるいは96時間培養を続け、初期発生における微小重力の影響を調べた。すると、24時間後の2細胞期への発生率に変化は見られなかったが、96時間後の胚盤胞期への発育をみると、コントロールでは57%だったのに対し、微小重力下では30%に低下していることが分かった。これらの胚を、代理母の卵管あるいは子宮に移植し、産仔への発生率を調べたところ(この実験は1Gで行った)、24時間培養した胚では、2細胞期への発生率に異常は無かったにも関わらず、産仔率はコントロールの63%に対して35%に低下していた。96時間培養した胚でも同様に、コントロールの38%に対し、16%にまで産仔率が低下していた。一方で、生まれたマウスは生殖能力も含め正常だった。

続いて彼らは、初期胚への質的な影響を調べた。微小重力下で96時間培養した胚に対し、Oct3/4とCdx2をマーカーとした免疫染色を行い、内部細胞塊(ICM)と栄養外胚葉(TE)の細胞数をそれぞれ計測した。その結果、内部細胞塊はコントロールにおける正常な胚盤胞と差がなかったが、栄養外胚葉の細胞はコントロールと比較して減少していることが分かった。この結果は、微小重力下ではES細胞の分化が抑制されるという知見と一致していた。さらに、これらの胚の立体構造(内部細胞塊と栄養外胚葉の位置関係)を解析したが異常は見られなかった。この結果は、胚盤胞の形成において、微小重力は細胞の分化には影響するが、胚の極性や構造には影響しないことを示していた。


今回の結果は、微小重力が哺乳類の初期発生に影響を与える可能性を、精度の高い実験系において初めて明らかにした。若山チームリーダーは、「これはあくまで模擬的な微小重力環境での実験です。本当の答えは実際に宇宙で実験をしなければ分かりません」と話す。「これまで哺乳類の受精や発生、繁殖の実験を宇宙で行うのは困難でしたが、宇宙ステーションの日本実験棟『きぼう』が完成し、実験環境が整いつつある今、宇宙での研究が進展することを期待しています」。


掲載された論文

http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0006753



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