独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2010年4月18日

DNA修復に集う役者達
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BRCA1、BRCA2は乳ガンの原因遺伝子として見つかり、どちらかに変異があると、乳ガンまたは卵巣ガンにかかる可能性が非常に高くなるとされている。BRCA1とBRCA2の機能については様々な報告があるが、重要な機能として相同染色体組み換えに必要なタンパク質であるRAD51と結合し、損傷DNAの修復に関与することが知られる。相同染色体組み換えによる損傷DNAの修復には、BRCA1とBRCA2がDNAの損傷した部位に局在しなければならない。これらのタンパク質はどのようにして損傷部位を認識しているのだろうか。今回、早川智博研究員(クロマチン動態研究チーム、中山潤一チームリーダー)らの研究により、BRCA2を含むDNA修復タンパク質複合体が損傷DNAを認識するには、MRG15というクロマチン結合タンパク質が必要であることが明らかになった。MRG15はBRCA2タンパク複合体の中の一つ、PALB2と直接結合する。つまり、BRCA2を含むDNA修復タンパク質群は、PALB2を介してMRG15と複合体を形成し、DNAの損傷部位を認識していることが明らかになった。

長いDNAは細胞核内でヒストンというタンパク質に巻き付き、更にコンパクトに折りたたまれて染色体構造を形成している。DNAを鋳型にmRNAを転写する時や、傷ついたDNAを修復する時など、DNAにアクセスする際はこの高次構造をほどく必要がある。この高次構造を変換するためには、DNAに結合するタンパク質やDNAが巻き付くヒストンを修飾するタンパク質など、様々なタンパク質が集合して複合体を形成し、染色体構造をほどいたり、逆に凝縮させたりしている。今回早川研究員らが着目したMRG15もこのような染色体構造の変換に関与するタンパク質であり、DNAが巻き付くヒストンを修飾する酵素と結合する。興味深いのは、MRG15はヒストンをアセチル化してDNAの高次構造をほどくヒストンアセチル化酵素(HAT)とも、逆に脱アセチル化してDNAの高次構造を凝集させるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)ともどちらにも結合することである。何故MRG15がこれらの相反する機能を持つタンパク質両方と相互作用するのかについては謎であった。
早川研究員らはまずMRG15と相互作用するタンパク質を検索した。すると、既に関係が分かっていたヒストン修飾関連のタンパク質だけでなく、新規結合タンパクとしてPALB2が見つかった。PALB2は、BRCA2と共に電離放射線などが引き起こすDNA二重鎖切断や、薬剤などによるDNA鎖間の共有結合(インターストランドクロスリンク)といった、損傷を受けたDNAの修復に深く関与する。早川研究員らはMRG15がPALB2との相互作用を通じて、BRCA2複合体のDNA修復機能に関係するのではないかと考え、研究を進めた。
MRG15とPALB2を含むタンパク質の結合関係を調べたところ、MRG15はPALB2やBRCA2を含むタンパク質の複合体と結合しているが、MRG15が直接結合するのはPALB2であった。つまり、MRG15はPALB2を介してBRCA2を含むタンパク質複合体と相互作用していると考えられる。 もしMRG15がPALB2やBRCA2と複合体を形成しているなら、DNA修復や相同組み換えに何らかの機能を持っているはずである。実際MRG15の発現を抑制すると、PALB2やBRCA2の発現を抑制した場合と同様に相同組み換えによる修復が起こる確率や、インターストランドクロスリンクを起こす薬剤に対する耐性が低下していることが確認された。更にPALB2またはBRCA2の発現を抑制するのと同時にMRG15の発現も抑制した場合、DNA損傷に対するこれらの影響はPALB2またはBRCA2の発現を単独で抑制した場合と大きく変化しなかったことから、これらのタンパク質は協同して機能していると考えられる。
それでは、MRG15は相同組み換えやDNA修復にどのように関係しているのだろうか。早川研究員らが解析を進めたところ、MRG15の発現を抑制すると、PALB2とBRCA2がDNA損傷部位に局在できなくなることが分かった。一方でBRCA1はMRG15の機能に関係なくDNA損傷部位に局在したことから、BRCA1の局在については別の経路の存在が示唆された。 これらの結果より、MRG15はPALB2を介してBRCA2とRAD51が損傷DNA部位に局在するために必要であり、DNA修復に重要な役割をもつことが明らかになった。

図:培養細胞におけるPALB2(赤)と損傷DNA(緑)の局在 MRG15がないと(下段)PALB2は損傷DNA部位に局在できず、赤と緑が重なっている場所がほとんどなくなってしまうのが分かる。

前述のように、MRG15はPALB2だけでなくヒストンアセチル化酵素・脱アセチル化酵素と結合する。これらの染色体構造を変換するタンパク質と相同組み換えやDNA損傷との関係は不明の部分が多く、早川研究員らが目下解析中である。更にMRG15がどのように損傷DNAを認識しているかも興味深いところである。
また、ここで述べたBRCA2やMRG15を欠損させたマウスは、胎生期に死んでしまい、生まれてくることが出来ない。つまり、これらの分子が発生過程においても重要な役割をしていることが考えられる。早川研究員らは、「発生過程ではヒストン修飾を含め、クロマチン構造が劇的な変化を経ることが知られていますが、このクロマチン構造変換におけるMRG15やPALB2、BRCA2の機能は不明な点が多く、これらを知ることは発生過程の解明に非常に重要であると考えています」と語る。




掲載された論文 http://jcs.biologists.org/cgi/content/abstract/123/7/1124





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