独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2010年6月15日

ぴったりとはまり合って動く関節ができる仕組み
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昆虫には骨が無いように思われるが、むしろ骨に包まれていると言った方が良い。いわゆる外骨格である。上皮から分泌されたキチンを主成分とする角質が体を覆い、脊椎動物の骨と同じように、体の構造の支持、内容物の保護、そして関節による運動を可能にする。病理学的関心から、関節の形態や機能、生理学的性質は脊椎動物において研究が進んでいるが、実はその発生に関しては分かっていないことが多い。昆虫の関節は「外骨格」だけに、その形成過程が観察しやすいなど様々な利点をもつ。

理研CDBの田尻怜子研究員(形態形成シグナル研究グループ、林茂生グループディレクター)らはショウジョウバエの肢をモデルにした研究で、ボール(球)型の面とソケット(受け皿)型の面がはまり合う球関節の構造が形成されるメカニズムを明らかにした。上皮細胞が形態を変化させながらキチンを分泌し、ボールとソケットを順々につくることで機能的な構造が導かれるという。この成果はDevelopment誌の6月号に掲載された。



 

(上)ショウジョウバエの肢の断面像。ボール&ソケット構造の関節が見える。(中)ボール&ソケット構造は細胞外の角質(紫)で形成されていることが分かる(緑は細胞骨格)。(下)ソケット側の上皮細胞にキチンを分泌するPMP構造が見られる。



球関節とは、右手のグーを左手のパーで包んだ構造であり、これをボール&ソケット構造と言う。ショウジョウバエにおいては、肢の成長に伴って分節化が起こり、そのつなぎ目においてこのボール&ソケット構造が形成される。田尻らはまず、蛍光イメージングによる経時観察と電子顕微鏡解析を組み合せ、この構造が形成される過程を詳細に観察した。すると、節のつなぎ目の胴体側において、上皮細胞が頂端側で収縮を起こし、凹みが形成される様子が観察された。続いてこの凹みの内側で上皮細胞からキチンが分泌され、ボール状の角質が形成されることが分かった。次に、このボールを覆うように凹みの表面にも角質が形成されてソケットが完成し、ボール&ソケット構造となることが明らかになった。このように、ボールとソケットが順々に形成されることで、両者の形がうまくはまり合うようになっていたのだ。

彼女らはさらに解析を続け、関節の形成部位におけるPMP(Plasma Membrane Plaque)の動態を追った。PMPは電子顕微鏡で観察される細胞膜上の構造で、キチンの分泌部位であり、また角質と細胞の結合部位と考えられている。観察の結果、PMPが、形成途中のボールに常に接触しながらキチンを供給している様子が明らかになった。また、形成途中のソケットの角質も一様にPMPと接触していた。

次に、キチンを分泌している上皮細胞を詳しく調べると、遺伝子発現の異なる複数の種類の細胞が存在することが見出された。これらの細胞には役割分担があり、ある種類の細胞群がボールのキチンを供給し、別の種類の細胞群がソケットのキチンを供給していた。さらに興味深いことに、これらの細胞はその頂端側の形態を大きく変化させながらキチンを分泌することで、ボールとソケットの正しい構造を導いていることも示された。この細胞の形態変化は、角質の形態に異常があっても正常に起こることから、細胞が角質に沿って形態を変化させているのではなく、細胞の方が自立的に形態を変化させ、それによって角質の形を導いていると考えられるのだ。

林グループディレクターは、「私たち人間の骨で、昆虫のキチンに対応するのはコラーゲンを主成分とする細胞外マトリクスです。シグナル伝達における細胞外マトリクスの研究は盛んに行なわれていますが、細胞が細胞外マトリクスの構造をどのように決めているのかという問題は解かれていません」と語る。「今回のような研究によって細胞外組織の形態形成の仕組みが明らかになれば、関節や外骨格だけでなく、昆虫の様々な形態や色などの形質についても新たな発見が生まれるのではないかと期待しています」。



掲載された論文 http://dev.biologists.org/content/137/12/2055.abstract


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