独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2010年9月18日

ES細胞から小脳プルキンエ細胞の誘導に成功
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小脳は哺乳類の中枢神経系では大脳に次ぐ大きな領域を占め、緻密な運動やその学習を司る運動中枢として知られる。その小脳で中心的な役割を果たすのが、小脳皮質に存在するプルキンエ細胞と呼ばれる神経細胞だ。プルキンエ細胞は多くの情報を入力して複雑な情報処理を行なうことが知られ、樹状突起が大きく発達するなど特徴的な構造をもつ。小脳はその障害や変性により高度な運動障害を生じることからも重要な研究対象だが、ES細胞などからの小脳細胞の効率的な誘導はこれまで成功していなかった。

理研CDBの六車恵子研究員(器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らは、マウスのES細胞からプルキンエ細胞を選択的に誘導することに成功し、さらにこれらの細胞を小脳に移植すると機能的に生着し得ることを明らかにした。この研究は株式会社カン研究所と京都大学との共同で行なわれ、Nature Neuroscience誌に9月12日付けで発表された。



小脳に正しく生着したES細胞由来のプルキンエ細胞(黄)。


同グループはこれまでに、ES細胞などを浮遊培養中で分散し、再凝集させることで中枢神経系を高効率に誘導するSFEBq法を開発していた。今回はこの方法を応用し、小脳細胞の選択的誘導を試みた。そのヒントとなったのは生体における小脳の発生過程だ。小脳の発生過程では、まず、中脳の後端部に峡部形成体が生じ、この峡部形成体からのシグナルによって小脳が誘導される。今回、六車研究員らはこの発生過程を試験管内に再現し、ES細胞から直接小脳細胞を誘導するのではなく、まず先に峡部形成体を誘導することで2次的に小脳細胞を得ることを狙った。

誘導因子を様々な順序やタイミングで培地に加えるなどの試行錯誤の結果、小脳誘導の方法が導かれた。まず、SFEBq法でマウスES細胞を培養し、培養開始24〜48時間後に尾側化シグナルであるインスリンとFGF2を順々に添加すると、4日後に峡部形成体組織が誘導された。さらに培養を続けると、この峡部形成体組織の働きにより、約8割の高効率で小脳の前駆細胞が誘導された。さらに、この小脳前駆細胞にヘッジホッグ(腹側化シグナルとして知られる)の阻害剤、サイクロパミンを添加すると、分化開始13日目頃からプルキンエ前駆細胞が生じ、19日後には全体の約3割がプルキンエ細胞に分化することが明らかになった。また、セルソーター(FACS)とカン研究所が見いだした細胞表面マーカを用いてプルキンエ前駆細胞を9割以上に純化できることも示している。

六車研究員らは、ES細胞から誘導したプルキンエ前駆細胞を胎生16日目のマウス胚の小脳に移植する実験も行なった。その結果、生後4週目の小脳を解析したところ、ES細胞由来の成熟したプルキンエ細胞が数多く認められた。これらのプルキンエ細胞は生着しただけでなく、正しく神経回路に組み込まれていることも確認された。また、培養状態での電気生理学的な解析からも、ES細胞由来のプルキンエ細胞が、自発発火や神経入力の選択性といったこの細胞の本来の特徴を備えることも示された。

今回の研究は、2段階誘導というユニークな手法によってES細胞から小脳の誘導に成功するとともに、小脳の発生メカニズムに対する理解を大きく進めたと言える。今後、同グループはヒトES細胞やiPS細胞に今回の方法を応用し、プルキンエ細胞などの小脳神経細胞の誘導と純化を目指す。笹井グループディレクターは「まだ遠い道のりがある」としながらも、「ヒトの小脳神経細胞が得られるようになれば、脊髄小脳変性症などの病理解明や移植治療法の開発にも貢献が期待できます」とコメントする。さらにグループでは、ES細胞の培養系を用いて、小脳を含んだ脳幹組織の3次元構築の試験管内再現も中期的な夢として研究を推進する予定だ。

 

 
掲載された論文

http://www.nature.com/neuro/journal/v13/n10/abs/nn.2638.html

 


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