独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2010年12月4日


BMPシグナルを抑制する新たなメカニズムを発見
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大きな影響力のある存在は、一方で、その抑制も大きな意味をもつ。胚発生の過程ではBMP(Bone Morphogenetic Protein)と呼ばれるシグナルタンパク質が多くの局面で重要な役割を果たす。発生ではその抑制もまた、積極的な機能を果たしている。その代表例が神経組織の誘導とパターン形成だ。胚の腹側で多く分泌されるBMPの機能を抑制することで、背側の外胚葉から神経組織が誘導される。さらに神経組織の背側のパターン形成にも、BMPシグナルが関与する。このように正しい初期胚のパターン形成にはBMPシグナルが時空間的に厳密に制御されている必要があるが、その制御メカニズムの全容は明らかでない。

理研CDBの荒巻敏寛研究員(器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らはアフリカツメガエルをモデルにした研究で、Jiraiyaと呼ばれるタンパク質がBMPシグナルを抑制して適切な強度に調節し、背側神経組織の正しいパターニングを導いていることを明らかにした。JiraiyaはBMP受容体に選択的に作用し、細胞膜への局在を阻害しているという。この研究成果は、Developmental Cellの10月号に掲載されている。



Jiraiyaを抑制すると背側神経マーカーPax3の発現領域が拡大する。


彼らは以前の研究で、神経誘導因子Chordinの下流で働く遺伝子としてJiraiyaを同定し、その背側の発現パターンから、蛙の背にのった歌舞伎の登場人物「自来也」にちなんで命名した。Jiraiyaは初期原腸胚の背側外胚葉で発現が始まり、神経胚期では神経板のみで発現し、その後、神経管の背側で発現する。今回、Jiraiyaの機能を探るためにモルフォリノ・アンチセンス核酸法による機能阻害を行ったところ、背側神経マーカーの発現領域が拡大し、これと重なるようにSmad1と呼ばれる因子が活性化していることがわかった。Smad1は背側の神経形成に重要なBMPシグナルの下流因子であることから、JiraiyaはBMPシグナルを抑制することで、背側神経の形成を適切な範囲に制限していることを示唆していた。次に、アニマルキャップ(未分化細胞塊)を用いた一連の実験により、JiraiyaがⅡ型BMP受容体(BMPRⅡ)を抑制していることを見いだした。Jiraiyaの抑制作用は、BMPシグナルに選択的に認められ、同じTGF-βファミリーに属するアクチビンのシグナルには作用しなかった。

では、JiraiyaはどのようにしてBMPRⅡを抑制しているのだろうか。彼らがアニマルキャップを用いて両者の細胞内局在を調べたところ、細胞膜で機能すべきBMPRⅡが、Jiraiyaの存在下では、Jiraiyaと共に小胞体に局在することがわかった。JiraiyaはBMPRⅡの細胞膜への局在を阻害することで、その機能を抑制していることが示唆された。


BMPRⅡ(緑)はJiraiyaの非存在下(左)では細胞膜に局在するが、Jiraiyaの存在下(右)では小胞体(赤)に局在し、細胞膜での局在が大きく減少する。青は核のDNA。

彼らは、Jiraiyaが機能するためには、BMPRⅡの長いC末端構造 (Tail 領域; 以下、TD)にあるEVNNNG配列が必要であることも示している。TDは、TGF-βファミリー受容体のなかでもBMPRⅡだけに存在することから、Jiraiya/BMPRⅡ間の相互作用の選択性を担うことが示唆される。EVNNNG配列は脊椎動物の全てのBMPRⅡに保存されているが、その機能はこれまで知られていなかった。

今回の研究は、細胞内のシグナル伝達だけでなく、受容体のレベルでもBMPシグナルが制御されていることを初めて示した。笹井グループディレクターは、「今後は、生体内でのJiraiyaの作用機序の詳細を確かめること、特に哺乳類のJiraiyaがどんな働きをしているのか、またBMPの抑制を介して働いているのか、といった点を明らかにしていきたい」と語った。

 
掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=
PubMed&dopt=Citation&list_uids=20951346

 


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