独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2010年12月18日


クローン成功率を改善する新たな手法とそのメカニズム
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1998年、当時ハワイ大学に在籍していた若山照彦らが、核移植技術を用いたクローンマウスの作成に初めて成功した。しかし、その成功率は約2パーセントと低く、その後さまざまな改良が試みられているが、現在でも約5パーセントに留まる。クローン成功率は核移植の手技のみならず、体細胞核ゲノムを如何に受精核と同様の状態にリプログラミングできるかに依存している。近年では、遺伝子発現のエピジェネティックな制御に関与するヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害すると、クローン作成の成功率が改善することが示されていた。しかし、その作用機序は謎のままだ。

小野哲男研修生(ゲノム・リプログラミング研究チーム、若山照彦チームリーダー)らは、体細胞クローンマウス作成の成功率を改善するHDACの阻害剤を新たに2種類同定した。その結果、HDACのなかでもクラスⅡb-HDACの阻害がクローン成功率の改善に重要であることが明らかになった。この研究は、Biology of Reproduction誌の12月号に掲載されている。



クローン胚におけるアポトーシスの発生頻度(TUNELアッセイ)。VPAで処理した胚(左)と比較し、SAHAで処理した胚(右)では、内部細胞塊におけるアポトーシス(緑)の発生頻度が減少している。


DNAはヒストンタンパク質と結合し、クロマチンと呼ばれる高次構造を形成している。ヒストンのアセチル化はクロマチン構造に変化をもたらし、その領域における遺伝子の発現能に大きな影響を与える。そのため、ヒストンのアセチル化状態は、細胞の分化や受精時のゲノム全体のリプログラミングに深く関与していると考えられている。ヒストンのアセチル化を調節するHDACは、その基質特異性から5つのクラス、Ⅰ、Ⅱa、Ⅱb、Ⅲ、Ⅳに大別されている。

小野らは、核移植した初期胚を複数のHDAC阻害剤(HDACi)で処理し、体細胞クローン作成の成功率を調べた。その結果、トリコスタチンAやSAHA(suberoylanilide hydroxamic acid)、oxamflatinで処理した場合は、VPA(valproic acid)で処理した場合や対照実験と比較して、胚盤胞の形成率と出生率が共に大きく向上した。特に、今回初めて検証したSAHAとoxamflatinでは、それぞれ9.4%、7.5%と、高いクローン成功率が得られた。興味深いことに、クローン成功率を改善したHDACiは全てクラスⅠ、Ⅱa、ⅡbのHDACを阻害するのに対し、VPAはクラスⅠ、Ⅱaだけを阻害することが知られている。この結果は、クラスⅡb-HDACの阻害がクローンの成功に重要であることを示唆していた。

また彼らは、SAHAとoxamflatinで処理した場合は、胚盤胞における内部細胞塊の細胞数が増加していることを発見した。これらの細胞におけるアポトーシス活性を調べたところ、VPAで処理した場合と比較して、細胞死が減っていることも確認された。内部細胞塊は将来体をつくる細胞集団であることから、アポトーシスの抑制がクローン成功率改善の主要因である可能性を示唆していた。さらに、クローン胚からのES細胞の樹立を試みたところ、SAHAまたはoxamflatinで処理した胚では、樹立率が2〜3倍上昇した。

通常の受精では、HDACの阻害はむしろ胚発生を阻害するという。若山チームリーダーは、「クローンの場合は、体細胞核のリプログラミングが不十分であるために発生率が低いと考えられてきました。しかし、HDACの阻害によってクローン成功率が上がることを示した今回の結果は、逆にリプログラミングが過剰である可能性を示していると思います」、とコメントした。

 
掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=
PubMed&dopt=Citation&list_uids=20686182

 


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