独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年2月17日


なぜES細胞の分化デフォルトは神経なのか?
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ES細胞はすべての種類の体細胞に分化する能力をもっているが、試験管内で分化培養する際に、特別の刺激となる因子を加えずに培養すると、自発的に中枢神経系細胞に分化する。ES細胞に限らず、初期胚の内部細胞塊も両生類の未分化胚細胞も、血清や増殖因子など外部からのシグナルを受けないと神経系細胞に分化することが知られている。これは、未分化な胚細胞の分化の基底状態(デフォルト)が内因的に神経系へ運命づけられていることを意味するが、その理由は興味深い謎のままだ。

理研CDBの上谷大介研究員(器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)らは、Zfp521と呼ばれる転写調節因子の発現が、ES細胞の内因的な神経分化の引き金になっていることを明らかにした。Zfp521は初期神経分化を誘導する遺伝子群を活性化していた。この研究成果はNature誌に2月16日付けでオンライン先行発表されている。


マウスES細胞にZfp521を強制発現させると、神経分化を阻害する血清の存在下で培養しても、Sox1(緑)やN-cad(赤)といった神経マーカーの発現が培養5日目に確認された(右)。左は対象実験。青はDAPIによる核染色。


同研究グループはこれまでに、マウスやヒトのES細胞、iPS細胞から、中脳のドーパミン神経細胞、大脳神経細胞、網膜細胞、小脳細胞、視床下部内分泌細胞など、さまざまな神経細胞を選択的に誘導することに成功している。また、ウシ血清や増殖因子などを含まない培養液を用いて分化誘導すると、ES細胞は初期胚における神経発生をなぞるように、胚盤葉上層(エピブラスト)、神経外胚葉、神経前駆細胞といった順で分化することを発見した。この性質を利用して高効率に神経誘導を行うSFEBq法も開発している。一方、中胚葉や内胚葉の分化誘導には外部からのシグナルが必要で、これらの因子は神経分化を阻害することが知られている。

今回上谷研究員らは、何がES細胞の神経分化の最初の引き金になっているのかを探った。まず、SFEBq法によってマウスES細胞を3日間培養し、神経マーカーを発現し始めた細胞と未分化な細胞に分別し、マイクロアレイによる網羅的な発現解析を行った。その結果、神経分化した細胞だけで発現が上昇している104個の遺伝子が見つかった。このうち29個の遺伝子は、神経系以外の細胞に分化誘導した際には発現せず、神経分化に特異的であることがわかった。そこで、これら29個の遺伝子を一つずつES細胞に強制発現させたところ、ただ1つ、Zfp521と呼ばれる遺伝子が神経分化を強く亢進することが明らかになった。Zfp521を強制発現させると、神経分化を阻害するBMP4の存在下でも、高効率な神経分化が見られた。逆に、Zfp521の発現をRNAi法により抑制すると、SFEBq法で培養しても神経分化が起こらなかった。こうしたZfp521の機能阻害では、ES細胞の分化はエピブラストの状態で止まることから、Zfp521がエピブラストから神経外胚葉への分化に必要であることを示唆していた。一方で、Zfp521の発現を抑制しても、内胚葉や中胚葉、表皮細胞への分化には影響がなかった。なお、ヒトES細胞でも神経誘導に伴ってZfp521の発現が上昇すること、Zfp521の発現を抑制すると神経分化が起こらないことが確認された。

次に彼らは、初期胚におけるZfp521の機能を探った。通常、発生の初期で最初に誘導される神経前駆細胞は、前脳から胸部脊髄までの中枢神経系組織を形成する。ところが、Zfp521遺伝子を抑制したES細胞を胚盤胞に移植して発生させ、その行方を追ったところ、これらの中枢神経系組織には分布しないことが明らかになった。一方、移植したES細胞はその他の組織には正常に分布していた。この結果から、Zfp521は培養したES細胞の神経分化だけでなく、胚発生の環境においても神経誘導に特異的な役割を果たしていることがわかった。

最後にZfp521の分子機能についても詳細に調べた。Zfp521はZnフィンガータンパク質の一種で、DNAに直接結合して転写調節因子として機能することが予想される。実際に核内局在が確認されたため、クロマチン共沈法(ChIP)によって結合するDNA領域を調べた。その結果、神経前駆細胞への分化開始直後に強く発現するSox1、Sox3、Pax6の遺伝子領域に結合していることがわかった。タンパク質相互作用の解析から、Zfp521は強い転写活性化因子であるP300と結合し、これらの初期神経遺伝子へ局在させることも明らかになった。Zfp521がP300と共に初期神経遺伝子を活性化することで、神経分化の引き金となっていることを示していた。

今回の研究は、ES細胞が初期発生の分化研究のモデルとして有用であることを改めて示している。笹井芳樹グループディレクターは、「ES細胞や内部細胞塊の分化の基底状態がなぜ神経系なのか、という問いに大きな手がかりを与えることができました。今後、Zfp521がどのようにして発現し始めるのかを探ると共に、より高度に選択的な神経細胞の試験管内誘導を試みたいと思います」とコメントした。


掲載された論文

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&d
b=PubMed&dopt=Citation&list_uids=21326203

 


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