独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年8月18日


ホヤの生殖細胞形成における転写抑制因子が明らかに
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生命の連続性を担う生殖細胞はどのように形成されるのだろうか。多くの動物では卵の後端に生殖質と呼ばれる特殊な領域があり、これを受け継いだ細胞が生殖細胞へと分化していく。生殖質には体細胞遺伝子の発現を抑制する母性因子が含まれ、その働きによって生殖細胞への分化を導いている。このような転写抑制因子としては、ショウジョウバエのPgcや線虫のPIE-1が知られている。ホヤにも生殖質(postplasm)が存在し、生殖系列細胞で同様の転写抑制が起きていると予想されていたが、これを担っている因子やメカニズムは不明であった。

理研CDBの白江(倉林)麻貴研究員(生殖系列研究チーム、中村輝チームリーダー)らは、ホヤの生殖質因子であるCi-Pem-1が体細胞遺伝子の転写抑制を担い、生殖細胞の分化に重要な役割を果たしていることを明らかにした。さらにCi-Pem-1が転写抑制補因子であるGrouchoと共に機能していることが示唆された。この研究成果はDevelopment誌の7月号に掲載されている。


ホヤCiona intestinalisの初期胚におけるCi-Pem-1の局在。2つの生殖割球では、Ci-Pem-1のmRNA(緑)が後極の生殖質に強く局在し、Ci-Pem-1のタンパク質(赤)は核にも局在している。


mRNAの転写を担うRNAポリメラーゼII(RNAPII)は、そのC末端にリン酸化を受けることで転写活性を獲得する。ショウジョウバエや線虫で見つかっている転写抑制因子は、このリン酸化を直接阻害することが知られている。そこで白江らは、ホヤCiona intestinalisの初期胚におけるRNAPIIのリン酸化状態を調べた。すると体細胞系列の割球と比較して、生殖質を受け継いだ割球(生殖割球)ではRNAPIIのリン酸化が抑制されていることが明らかになった。

白江らは以前に、生殖質に存在するCi-pem-1のRNAは、原腸形成期になると非対称分裂によって生殖系列細胞から排除されることを示していた(科学ニュース2006.7.25)。今回、Ci-Pem-1のタンパク質の局在を調べたところ、生殖系列細胞における発現は尾芽胚期までに失われることがわかった。さらに興味深いことに、卵割期には生殖割球の核に局在していることが明らかになった。この核局在は細胞周期に伴って変動し、核膜が再形成される分裂終期から間期に限って核に局在していた。

白江らは、Ci-Pem-1が生殖割球の核に局在することから、転写抑制に関与している可能性を疑った。そこで、Ci-pem-1遺伝子をノックダウンする実験を行ったところ、生殖割球において、通常は抑制されている遺伝子が異所的に発現することが見出された。βカテニンやGATAaに依存的な遺伝子も異所的に発現することから、Ci-Pem-1は広範囲に渡って転写を抑制していることが示唆された。
 続いて白江らは、Ci-Pem-1の分子レベルでの解析を行った。Ci-Pem-1はそのアミノ酸配列から、転写抑制補因子Grouchoと結合することが予想されたが、実際に両者が結合することを免疫沈降実験によって示した。

中村チームリーダーは次のように話す。「ショウジョウバエのPgcや線虫のPIE-1がRNAPIIのリン酸化を直接阻害するのに対し、ホヤのCi-Pem-1はGrouchoと共同で体細胞遺伝子の転写を抑制すると予想しています。これは、発現抑制の仕組みやそれを担う因子が、生物種によって異なることを示します。マウスの生殖細胞は生殖質を持たず細胞間シグナルによって誘導されますが、以前CDBに在籍した齋藤通紀さん(現京大教授)らは、マウスの生殖細胞形成過程においても体細胞遺伝子発現が抑制されることを報告しています。これらのことは、その具体的な様式は異なるものの、体細胞遺伝子の発現抑制が種を越えた生殖細胞形成の仕組みであることを示しています」。


掲載された論文 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=Pub
Med&dopt=Citation&list_uids=21693510
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