独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年12月14日


核を非対称にする新たなメカニズム
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細胞は均等に分裂するだけでなく、時に非対称に分裂して2つの異なる娘細胞を生じる。このような非対称性を生み出す仕組みの一つに、周囲からの非対称なシグナルの入力がある。非対称なシグナル入力は細胞骨格の非対称性を導くことが知られているが、それが核内因子の非対称性、さらには遺伝子発現の非対称性にどのように関与しているのかは良くわかっていなかった。

理研CDBの杉岡賢史研究員(細胞運命決定研究チーム、澤斉チームリーダー)らは、線虫C.elegansの非対称分裂をモデルにした研究で、微小管の非対称性が核内因子の非対称性を導き、娘細胞の運命決定に寄与していることを明らかにした。この研究成果はCell 誌の9月号に掲載されている。現在、澤チームリーダーと杉岡研究員は、国立遺伝学研究所でそれぞれ教授、研究員を務めている。


上段:EMS細胞の非対称分裂時には前側で微小管が多くなるが(左)、wnt変異体ではこの非対称性が失われた(右)。下段:EMS細胞の分裂後、後側の娘細胞のみで腸細胞マーカーであるend-1(赤)が発現するが、wnt変異体ではこの非対称性も失われた。


線虫の初期発生で生じるEMS細胞は、後側に隣接する細胞からWntシグナルを非対称に受け取る。すると、EMS細胞内ではWRM-1(線虫のβカテニン)が前側の表層に偏って局在し、分裂終期になると後側の核にWRM-1が、前側の核にPOP-1が局在するようになる。その結果、前側の娘細胞は筋細胞に、後側の娘細胞は腸細胞に分化することが知られている。

杉岡研究員らは、核内因子の非対称性の確立に微小管が関与している可能性を探った。まず、微小管を不安定化する薬剤で処理したところ、WRM-1とPOP-1の核における非対称性が失われ、微小管と核局在の間に何らかの関係があることが示唆された。また、EMS細胞の分裂に伴う微小管の局在を調べると、星状体を形成する微小管が分裂中期以降に前側で増加していた。この非対称性は分裂終期に最も顕著となり、核内因子の非対称性と連動しているようだった。さらに、Wntシグナルやその下流で働くWRM-1、APR-1を発現抑制すると、微小管の非対称性が失われることも明らかになった。

APR-1は、WRM-1と共に前側の表層に局在することが知られている。また、哺乳類のAPR-1(APC)は微小管を安定化することが示唆されている。そこで彼らは、EMS細胞の分裂に伴うAPR-1の局在を調べたところ、分裂開始時には非対称性が見られないものの、分裂終期に向かって次第に前側に局在することを見出した。これは先に明らかになった微小管の動態と良く似ていた。また、Wntシグナルを阻害するとAPR-1の非対称性も減少または消失することがわかった。これらの結果は、APR-1の非対称な細胞内局在が微小管の非対称性を導いていることを強く示唆していた。続く実験で、APR-1は前側の細胞表層で微小管のプラス端に結合して安定化し、微小管の非対称性を生み出していることも明らかになった。

次に彼らは、レーザー照射によって微小管形成を直接的に阻害し、核内のWRM-1およびPOP-1の非対称性に与える影響を調べた。すると、前側の微小管形成を阻害した場合は核内の非対称性が失われ、後側の微小管形成を阻害した場合は核内の非対称性が増強された。さらに、微小管が非対称にならないwnt 変異体において、レーザー照射によって微小管を非対称にすると、核内の非対称性も回復することがわかった。これらの結果は、核内因子の非対称な局在に微小管の非対称性が必要であることを直接的に示していた。また彼らは、微小管による物質輸送を担うキネシンが、WRM-1とPOP-1の非対称な核内局在に必要なことも示している。

これらの結果は、細胞分裂に伴う非対称な微小管の形成が核内因子の非対称性を生み出し、細胞運命の決定に寄与していることを示している。澤チームリーダーは、「微小管が核内因子の輸送と非対称性の確立にどのような仕組みで関与しているのか詳細を明らかにしたい。また、微小管による核内因子の局在制御がどの程度一般的な現象なのかを探っていきたい」と語った。


掲載された論文 http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867411008877
 


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