独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年2月9日


プラナリアの尾の再生に重要な働きをする遺伝子を発見
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小さな体、三角の頭、そしてつぶらな目。プラナリアは淡水に生息する扁形動物の一種だが、そのキュートな外観とは裏腹に、驚くほど高い再生能力を備えている。体を切り刻むと、すべての断片からもと通りの体が再生されてしまうのだ。このような再生の仕組みは、全身に散りばめられた多能性幹細胞が担っている。幹細胞の挙動は遺伝子発現によって時・空間的に厳密に制御されているが、その詳細なメカニズムはまだあまり知られていない。

理研CDBの林哲太郎テクニカルスタッフ(ゲノム資源解析ユニット、松崎文雄ユニットリーダー)らは、プラナリアのLIMホメオボックス遺伝子であるDjisletが幹細胞からWnt発現細胞への分化の過程で発現し、Wntシグナルを介して尾部の分化・再生に機能していることを初めて明らかにした。この研究成果は、科学誌Developmentに2011年9月1日付で掲載された。


Djisletをノックダウンするとtail-lessに(islet(RNAi))、Djwnt1/P-1をノックダウンすると尾が頭に置き換わって前後2方向に脳ができる(Wnt1/P-1(RNAi))。点線は切断位置、矢印は胴体と尾の境界にある咽頭神経。


LIMホメオボックス遺伝子ファミリーはショウジョウバエから哺乳類に至るまで高度に保存されている。中でもIsletと呼ばれる転写因子は、様々な組織の形成、特に幹細胞や前駆細胞の増殖、分化、遊走などに重要な役割を果たすことで知られる。彼らははじめに、プラナリア(Dugesia japonica)のEST(Expressed sequence tag)ライブラリーを用いて、脊椎動物のIsletに相当する遺伝子を同定し、これをDjisletと名付けた。Djisletは脳や腹側神経で発現しているが、RNAiによってDjisletをノックダウンした個体は「tail-less」、すなわち体を切断した後に尾が再生しないという表現型を示した。このことから、Djisletは尾部の分化や再生に機能していると考えられた。

プラナリアの後方極性の決定や分化・再生に重要な役割を担うキーファクターとしては、Wntシグナルが知られている。そこで、次にDjisletとWntシグナルとの関連を調べるため、プラナリアのWntファミリー遺伝子の1つであるDjwnt1/P-1Djisletの発現パターンを解析した。すると、いずれの遺伝子も再生3日目に、切断部付近の再生芽に特異的に発現していることが分かった。再生芽は幹細胞から新たに生み出された細胞が集合する、いわば再生の中核部分だ。さらに、Djisletをノックダウンすると 、再生芽におけるDjwnt1/P-1の発現が消失することが分かった。DjisletDjwnt1/P-1の上流遺伝子として、Djwnt1/P-1の発現を直接制御している可能性がある。

興味深いことに、Djwnt1/P-1をノックダウンすると尾側に頭部が再生し、2つ頭(Janus-heads)になることが知られている。一方、Djisletをノックダウンすると尾が再生しなくなるだけで、そこに頭が形成されることはない。Djisletノックダウンの表現型は、Djwnt1/P-1に比べて限定的と言えるのだ。この原因を探るため、再生時の遺伝子発現を詳しく解析した。すると、Djwnt1/P-1は再生1日目と3日目に後方領域で強く発現しており、Djisletは再生3日目にのみDjwnt1/P-1と共発現していた。さらにDjisletをノックダウンするとDjwnt1/P-1の3日目の発現だけが消失し、γ線照射した個体と同様の結果となることが判明した。プラナリアの幹細胞は分化細胞に比べγ線照射への感受性が高く、比較的短時間の照射では幹細胞だけがダメージを受ける。これらの結果から、Djwnt1/P-1は、再生1日目は分化細胞、3日目は幹細胞由来の細胞と異なる細胞で発現しており、Djisletは幹細胞由来の新たに分化してきた細胞におけるDjwnt1/P-1の発現を特異的に制御していることが明らかになった。

切断後1-4日目のDjwnt1/P-1の発現パターン(紫)。切断部付近を拡大すると、
islet(RNAi)
個体とγ線照射個体では3日目の発現のみ消失している。

 

さらに、彼らはWnt関連遺伝子を含む尾部の形成に重要な遺伝子7つについて、Djisletとの関連を探った。すると、再生3日目において、再生芽中の幹細胞由来の細胞で高発現している遺伝子ほどDjisletノックダウンにより顕著に発現が減少することが分かった。また、反対にWnt関連遺伝子をノックダウンしても、Djisletの発現に大きな変化は認められなかった。このことはDjislet/Djwnt1/P-1カスケードが他のWntシグナルの上流に位置し、尾部の分化・再生を制御する極めて重大な役割を担っていることを示している。

本研究により、Isletの相同遺伝子がWntシグナルを介して、プラナリアの形態形成において非常に重要な機能を有することが明らかになった。林テクニカルスタッフは「今回、Djisletの発見によってDjwnt1/P-1の発現の制御機構の一部を説明することができました。Djwnt1/P-1の1度目の発現は後方極性の決定と頭部形成の抑制を、2度目の発現は尾の分化と再生をそれぞれ担っているようですが、双方がどのようにリンクしているのか、また他のWnt関連遺伝子がどのような制御を受けているかは未だ不明です。知りたいことはまだまだ山積みですね」と笑った。


掲載された論文 http://dev.biologists.org/content/138/17/3679.long
 


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