独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年2月10日


インスリンの発現を調節する新たなメカニズム:昆虫と哺乳類で保存された仕組み
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インスリン族ペプチドは、ヒトを含む脊椎動物ばかりでなく昆虫を始めとする無脊椎動物にも広く存在しており、それらは代謝、成長、生殖、寿命など多岐にわたる生命現象を制御している。ショウジョウバエでは7種類のインスリン様ペプチドをコードする遺伝子(Drosophila insulin-like peptides; Dilps)がゲノム中に存在する。Dilpsは主にインスリン産生細胞(insulin-produing cells; IPCs)と呼ばれる脳間部の数対の神経分泌細胞で産生され、各dilpsの発現は時期特異的に制御されている。dilpの発現は代謝、成長に大きな役割を果たすだけに厳密に制御される必要があるが、その仕組みはまだ良くわかっていない。

理研CDBの岡本直樹研究員(成長シグナル研究チーム、西村隆史チームリーダー)らは、ショウジョウバエをモデルにした研究で、Dachshund(Dac)と呼ばれる転写因子がインスリン様ペプチド遺伝子dilp5の発現を特異的に活性化していることを明らかにした。また、哺乳類でも同様の発現制御が働いている可能性を示した。この研究成果は、科学誌Proceedings of the National Academy of Science USA誌の2月号に掲載されている。


ショウジョウバエの幼虫期(左)および成虫期(右)の脳IPCs(緑)で発現するDac(赤)。上:脳間部に位置するIPCsとそこから伸びる軸索(緑)およびDacの局在(赤)を示す。下:白点線内の光学切片像。


興味深いことに、IPCsでは、眼の形成に関わる一連の遺伝子が発現していることが知られている。そこで彼らは、これらの遺伝子をIPCsで組織特異的にノックダウンし、成体IPCsにおける各dilpsの発現を調べた。すると、既知のとおり、eyeless(ey)をノックダウンするとdilp5の発現が大きく低下することが確認された。さらに、dachshund(dac)をノックダウンした場合も同様に、dilp5の発現が低下することが明らかになった。これらの結果は、IPCsにおいてeydacが協調的にdilp5の発現を制御していることを示唆していた。

そこで、IPCsにおけるdacの発現を調べると、実際に発生過程を通して発現していることが確認された。次にdacをホモ欠損する変異体を詳しく調べると、IPCs自体は正常に形成されているにも関わらず、若齢幼虫期におけるdilp5の発現が顕著に低下していることがわかった。興味深いことに、終齢幼虫期になるとdilp5の発現量は正常値に回復していた。これはdilp5の発現が、発生時期により異なる制御を受けていることを意味している。また、dacをヘテロ欠損する変異体の解析などから、dacの発現量とdilp5の発現量が相関していることが示された。ey欠損変異体についても調べると、dac欠損変異体と同様に、dilp5の発現量が若齢幼虫期に低下し、終齢幼虫期に回復していた。



左:正常な若齢幼虫のIPCs(緑)で発現しているDilp5(赤)。
右:dacを欠損するとDilp5の発現が大幅に低下した。

次に、daceyの関係を探ったところ、どちらか一方を欠損しても他方の発現には影響が見られないことから、2つの遺伝子は独立して制御されているようだった。一方で、dilp5に対する働きを調べると、daceyは相乗的にdilp5の発現を活性化していた。そこで、EyとDacのdilp5プロモーターへの結合を解析したところ、Dac自身はプロモーターへ結合できないものの、Dacが存在すると、Eyのdilp5プロモーターへの結合が促進されることがわかった。DacとEyが互いに結合することや、その結合ドメインも明らかになった。

最後に、哺乳類でも同様の発現制御が働いている可能性を探った。哺乳類では膵臓のランゲルハンス島β細胞がインスリンを分泌する。哺乳類ではDachとPax6がDacとEyに相当し、共にランゲルハンス島の形成に機能している。また、Pax6は膵臓におけるインスリンやグルカゴンといったホルモンの発現に機能していることが知られている。そこで、彼らがラットの培養細胞を用いて発現解析を行ったところ、ショウジョウバエの場合と同様に、Pax6とDachが相乗的にインスリンの発現を活性化していることが示された。

今回の研究により、DacとEyによるインスリンの発現制御機構が明らかになり、同様の機構が哺乳類でも保存されている可能性が示された。西村チームリーダーは、「終齢幼虫期では別の機構によってdilp5の発現が制御されているようで、想像以上に複雑な制御を受けています。また、dilp5遺伝子は摂食する栄養に応じて、発現が変化します。今後は、栄養とdilp5発現の関係について、全容を解明していきたいです」と語った。



掲載された論文

http://www.pnas.org/content/109/7/2406.long

 


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