独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2012年3月20日


GPCRシグナルが細胞の方向性を決める
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周囲の環境を敏感に察知して適応する、いわゆる「空気を読む」ことは、私たち人間社会のみならず細胞たちの社会においても欠かせない。一つの組織を形成するには、数十種類にもおよぶ細胞たちがお互いの位置関係や向きを正確に把握し、環境に応じて各自が正しく分裂・増殖・分化等の行動を起こす必要があるのだ。組織形成というダイナミックかつ緻密なドラマにおいて、細胞たちが正確に「空気を読んで」行動する仕組みとは、一体どのようなものなのか。

理研CDBの吉浦茂樹研究員(非対称細胞分裂研究グループ、松崎文雄グループリーダー)らはショウジョウバエを用いた研究から、Gタンパク質共役受容体(GPCR)であるTre1が上皮組織からのシグナルを伝達することで、神経幹細胞の非対称分裂の方向性の決定に重要な役割を担っていることを明らかにした。本成果は、科学雑誌Deveropmental Cellの2012年1月号に掲載された。

野生型では上皮細胞に対して垂直方向に分裂するが、tre1欠損体では分裂の方向が乱れる。そのため、発生初期における中枢神経組織の層構造が崩れてしまう。 (EP:上皮細胞、NB:神経幹細胞、GMC:神経前駆細胞、NR:ニューロン)



私たちの体を構成している細胞は実に200種以上。このような多様性を生み出す仕組みの一つが非対称分裂だ。ショウジョウバエの神経幹細胞は非対称分裂のよいモデルとして知られる。上皮組織の直下に存在する神経幹細胞は上皮に対して垂直方向に二つに分裂し、上皮と反対側の細胞だけがニューロン等の分化した細胞となるのだ。非対称分裂において、分裂がどの向きに起こり、どちらの細胞が特定の性質を獲得するのかは非常に重要な問題だ。しかし、神経幹細胞がどのように上皮との位置関係を認識し分裂の方向性制御に反映させているのか、詳しいメカニズムは分かっていなかった。

上皮組織との位置関係から神経幹細胞の分裂の方向を決定するシステムとして、上皮からの外因性のシグナルを細胞内へ伝達する因子が存在するはずである。そこで彼らは、種々の膜タンパク質の欠損体から神経幹細胞の方向性に異常が生じたものを探索し、GPCRのひとつであるTre1を同定した。GPCRは7回膜貫通型の受容体タンパクで、神経伝達物質やホルモン等のシグナルを受容すると細胞内の三量体Gタンパク質(α,β,γ)のαサブユニットがGDP-GTP変換によってGTP結合型(活性型)に変換して解離することで、シグナルが伝達される。tre1欠損体では、上皮組織に対する神経幹細胞の向きがばらばらになり、分裂の方向も乱れていた。また、形成された初期の中枢神経組織の秩序だった層構造が見られなくなることも分かった。そこで、このTre1に着目して解析を進めた。

細胞分裂の向きを規定するのは、細胞の極性だ。では、Tre1は細胞の極性に影響を及ぼしているのだろうか。そこで、紡錘体の向きを決定する等細胞極性に関連する因子のtre1欠損体における局在を調べると、各因子は細胞辺縁部のどちらか一方の極に正しく発現していることが分かった。つまり、Tre1は細胞の極性を制御しているわけではなく、極性を持った細胞自体の向きを制御していると考えられる。さらにTre1の機能を探るため、彼らはTre1の局在を解析した。すると、Tre1はほとんどが神経幹細胞に存在し、分化が一段階進んだニューロンや神経前駆細胞ではほとんど検出できなかった。このことから、Tre1は神経幹細胞で発現しており、神経幹細胞自身の上皮組織に対する方向を制御していることが分かった。

上皮細胞から何らかのシグナルを受け取ったTre1は、どのようなカスケードで細胞内部へ情報を伝えているのだろうか。彼らはTre1のシグナルの下流因子を特定するため、Tre1と結合する因子を探索した。すると、Tre1はGタンパク質のαサブユニットの一つであるGoαのGTP型,GDP型両方と結合することが判明した。さらに詳しく調べると、Tre1はGoαのGDP型からGTP型への変換、つまりGoαの活性化に関与しており、このGoαの活性化が神経幹細胞の方向の制御に重要である可能性が示唆された。また、GoαのGTP型,GDP型およびもう一つのαサブユニットファミリーであるGαiは、細胞極性の決定に重要な因子Pinsとダイレクトに結合することが知られている。確認すると、確かにPinsはGoαと結合しており、これを介してTre1の局在部分にリクルートされることが分かった。さらにPinsとGoα,Gαiとの関係を調べると、in vivoにおいて、Pins はGTP型Goαと非常に強く結合する一方、不活性化したGDP型Goαとは結合が著しく弱まることが明らかになった。このことから、PinsはGoαが活性状態にはGoα、不活性状態にはGαiと、Goαの活性状態に応じて結合相手を切り替えていると考えられる。

上皮組織からのシグナルを受容したTre1は、GoαをGDP型から活性化したGTP型に変換する。これによって、それまでGαiと結合していたPinsはGTP型Goαへと結合相手を変え、Tre1-GTP型Goαが局在する上皮組織に近い部位へとリクルートされることで、細胞が正しい向きに配置される。これが、本研究により示された、Tre1による神経幹細胞の方向性制御メカニズムだ。松崎グループディレクターは、「ショウジョウバエの神経幹細胞をはじめとしたある種の幹細胞は、非対称分裂を行って、分化細胞を自律的に作り出す装置を備えているが、今回の研究で、その装置の方向を細胞の外から操作する仕組みが解明できた。この装置自体はほ乳類の幹細胞にも広く使われているものなので、今回の研究でわかった仕組みは、種を超えて様々な組織形成や幹細胞の微小環境の方向づけに使われているのではないか」と語った。



掲載された論文 http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1534580711004795
 


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