独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年7月2日


CDBから新しい透明化試薬SeeDB
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生物学において“見る”ことは最も基本的な観察方法である。近年蛍光タンパク質の開発により、組織内の特定の分子や構造を蛍光顕微鏡で観察する蛍光イメージングが盛んに利用されているが、生体組織の中では光散乱が生じるため、2光子顕微鏡などの特殊な蛍光顕微鏡をもちいても表面から数百マイクロメートルの深さまでしか観察することができなかった。そのため脳の神経回路など生体組織の立体的な構造を観察するには組織をスライスして得た2次元のデータを3次元に再構築するという骨の折れる作業が必要であった。そのような手間を減らし深部まで一気に観察出来るようにする方法として生体試料の光散乱を減らす「透明化」の手法が模索されてきたが、これまでの方法では生体試料や蛍光色素が変性したり、手順が煩雑で非常に時間がかかったりするなどの問題点があり改善が待ち望まれていた。

理研CDBの柯孟岑(カ モウシン)研修生(感覚神経回路形成研究チーム、今井猛チームリーダー)らは、簡便で生体試料へのダメージが少ない水溶性の透明化試薬「SeeDB」を開発した。SeeDBを用いると組織の変性や変形も少なく、様々な蛍光色素や蛍光タンパク質を用いた蛍光観察が可能になったうえ、透明化の手順も簡便で迅速である。この研究結果はNature Neuroscience 誌のオンライン版に6月23日付で発表された。 


SeeDB処理前(左)と処理3日後(右)のマウス胚。


研究チームは透明化試薬として組織にダメージを与えないような水溶性で高屈折率の物質を探索し、糖に着目、フルクトースが最も適していることをつきとめた。そしてそこに微量の還元剤を加えて「SeeDB」(See Deep Brain)を開発した。SeeDBを用いるとこれまで2、3週間かかっていた透明化がわずか3日でできる上、生体組織のサイズや微細構造の変化も無く、主要な蛍光試薬の退色も起こらない。特に脂溶性の蛍光神経トレーサーDiIは、死後脳など固定した後の生体試料の蛍光標識に非常に有用だが、従来の方法では流出してしまって使えなかった。しかしSeeDBの処理後では問題なく保持される。

研究チームはさらに、より深部を蛍光観察出来るカスタムメイドの対物レンズと2光子励起顕微鏡を用いてSeeDBで処理した厚さ6ミリのマウス脳の丸ごと蛍光イメージングを行ったところ、上から下まで高解像度の蛍光画像を得ることに成功した。これにより、SeeDBを用いると神経細胞の形態や接続をミリメートルスケール、すなわちマウスであれば全脳規模で解析出来ることがわかった。

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(左)SeeDBで透明化したマウス脳の3次元表示 (右)連続断層蛍光像(動画)


SeeDBが実際に長距離の神経細胞接続を調べるうえで有用であることを示すため、研究チームはまず左右の大脳半球をつなぐ脳梁繊維を蛍光タンパク質で標識し、SeeDB処理を施して蛍光イメージングを行った。その結果、長い脳梁繊維を一つ一つ区別して追跡することができ、左脳から出ている脳梁繊維は互いに相対的な位置関係を保ちながら右脳に接続していることがわかった。このことから、脳梁繊維が正しく配線されるためには互いに相似形を維持しながら走行するメカニズムが重要であると考えられる。研究チームは次に匂い情報を処理する脳の領域、嗅球の神経回路の解析を行った。嗅球において情報の基本単位を構成するのは糸球体という構造であり、鼻腔内の嗅神経細胞から来た情報はその種類ごとに異なる糸球体へと集められる。各糸球体の情報は次に15個ほどの僧帽細胞へ伝えられ、様々な情報のやりとりを経て高次嗅覚中枢へと伝達される。これまで僧帽細胞の詳細な配線様式は分かっていなかったが、SeeDBを用いることによって、1つの糸球体に接続する僧帽細胞の微細な配線様式を一度に丸ごと明らかにすることができた。この結果、同じ糸球体に接続する僧帽細胞の間でも、その配線様式はこれまで考えられていた以上に多様であることが明らかになった。

このように、SeeDBを用いると脳をはじめとする生体試料を簡便に透明化でき、容易に3次元画像を得ることができる。今井猛チームリーダーは、「これにより神経回路の解析や生物の立体的な発生過程の理解など3D生物学の発展が期待出来ます。一方、顕微鏡技術や膨大な画像データの解析手法についてはまだ発展途上で、今後の展開が期待されます。」と語った。

なお、SeeDBの使用法などのプロトコルを公開しているサイト”SeeDB resources” はこちら


掲載された論文

http://www.nature.com/neuro/journal/vaop/ncurrent/full/nn.3447.html

 
関連リンク

https://sites.google.com/site/seedbresources/

 


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