独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年2月25日


生体試料深部の高速・高精細なイメージングを可能に
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私たちの体の中は、小さな宇宙だ。細胞の中では、様々な分子が絶えず離合集散をくり返し、飛び交っている。こうした生体分子の素早い動きを、本来の姿、すなわち生体の内部で観察することは、生命現象を分子レベルで理解するための重要なステップだ。近年、生体内部での分子の挙動をより高精細にとらえたいというニーズの高まりに対して、顕微鏡技術のさらなる向上が求められていた。

理研CDBの下澤東吾研究員(光学イメージング解析ユニット、清末優子ユニットリーダー)らは、これまでのスピニングディスク型共焦点顕微鏡に改良を加え、厚みのある生体試料の深部でも高速かつ高精細にイメージング可能な装置を新たに開発した。本研究は大阪大学および横河電機株式会社との共同で行われたもので、アメリカの科学誌Proceedings of the National Academy of Science USAに2月11日付けで掲載された。なお、下澤研究員は、現在は学習院大学にて活躍している。


GFP発現マウス胚の頭部前脳領域の切片画像。従来型ではピンホール・クロストークの影響でコントラストが弱く、深部30μmで細胞核の輪郭が判別できなくなるのに対し、新型では深部100μmでも十分判別できる。


一般的なレーザー走査型共焦点顕微鏡は一本のレーザービームを試料に当てて画像を読み取るが、試料全体を走査するのに時間がかかるため、動きの速い生体分子などの観察には不向きだった。そこで近年開発されたのが、多点走査方式を採用したスピニングディスク共焦点顕微鏡だ。多数のピンホールを配置したディスクを回転させて複数のレーザービームで同時に試料を走査するため、従来のシングルビーム式共焦点顕微鏡と比べて約20〜50倍の高速撮影を可能にし、さらに光毒性の低減を実現した。しかし、複数の点を同時に励起することから、非焦点面からの背景光が写り込む「ピンホール・クロストーク」が生じやすく、厚みのある試料の観察は困難だった。

そこで、研究チームは背景光の混入を抑制するため、ピンホール間隔を2倍に広げた新たなピンホールアレイディスクを開発。さらに、厚みのある試料への適応性向上のため、通常共焦点顕微鏡に用いられている一光子励起法ではなく、二光子励起法を採用した。二光子励起法は、蛍光色素の励起に必要な半分のエネルギーの光子2つを同時に吸収させることで励起する方法で、焦点面でのみ蛍光を発生させられることと、長波長光を用いることが特徴だ。二光子励起法を用いれば、焦点面以外での蛍光発生を根本的に抑えられるため「ピンホール・クロストーク」を抑制でき、さらに、長波長光は組織内部への透過性が高いため分厚い生体試料のより深部の観察が可能になると期待された。

研究チームは、開発した新型スピニングディスクと二光子励起法を組み合わせた新型装置について、従来型(従来型ディスク+一光子励起法)との性能の比較・評価を行った。まず、ピンホール・クロストークの定量的解析として、厚みのある蛍光色素溶液の層を、観察面を移動させながらシグナル強度を測定した。その結果、従来型では背景光が60%以上も写り込んでいたのに対し、新型ではわずか0.5%程度に抑えられていることを確認。開発した新型装置は、期待通り、ピンホール・クロストークを大幅に抑制できることが示された。また、直径約30μmのカボチャの花粉を用いた評価では、新型装置では背景光を抑制し、花粉内部の詳細な構造を観察できた。さらに、撮影した画像を三次元構築すると、従来型装置では花粉の下部が背景光に埋もれ形状を再現できないのに対し、新型では裏側まで詳細に画像化できた。

次に、実際の生体試料を用いて評価を行った。GFP融合タンパク質を発現するマウス胚を用いて比較検討したところ、従来型では深度30μmで判別不可能となっていた細胞核の輪郭が、新型では深度100μmでも十分観察できるなど、コントラスト比の大幅な改善が認められた。さらに、生きたショウジョウバエ胚を用いた評価では、ナノスケールの微小管結合分子EB1の微細な動きをタイムラプス撮影することに成功し、開発した新型装置が生体内での高精細なライブイメージングにも応用可能であることを示した。

今回、新たに開発したスピニングディスクと二光子励起法を適用した新型顕微鏡により、これまでにない高速・高精細な生体試料のイメージングが実現した。「今回開発した装置は、ライフサイエンス分野をはじめとするあらゆる研究に貢献できると期待できます」と清末ユニットリーダーは話す。「ただし、この方法ではレーザーを広げてピンホールアレイディスクに照射することで多数のビームを生成するため、高出力レーザーが必要ですが、現状ではレーザーの出力の限界によって視野範囲や組織深部への浸透性が制限されています。今後は、さらなる高出力レーザーの開発が待たれます。」


掲載された論文 http://www.pnas.org/content/110/9/3399.long
 


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