独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年5月8日


ゲノム解読から明らかになったカメの発生と進化
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進化発生学の世界では「モンスター」と言われるカメ。その所以は、怪獣のような顔でも、強靭なアゴの力でもなく、独特で奇妙な形態的特徴にある。カメは甲羅を持つが、この甲羅は背骨と肋骨が融合してできたもので、さらに肩甲骨が肋骨(=甲羅)の内側に位置している。加えて、爬虫類以降の多くの脊椎動物で見られる頭蓋骨の穴(側頭窓)がないなど、そのユニークさは群を抜いている。カメがどのように進化し、現在の形態を獲得するに至ったのかは、これまで多くの謎に包まれていた。

理研CDBの入江直樹研究員(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、爬虫類ではトカゲ、ワニに次ぐ3番目となるカメのゲノム解読に成功し、独特な進化を遂げてきたカメの発生と進化の様子を遺伝子レベルで明らかにした。この成果は、中国のゲノム研究機関BGI、英国Wellcome Trust Sanger Instituteなど11の研究機関からなる国際コンソーシアムによるもので、科学誌Nature Genetics オンライン版に4月29日付けで先行公開された。


12種の脊椎動物のゲノム情報と化石情報から割り出した推定分岐年代。カメ類(赤)
は、生物大量絶滅期と目される2億5000万年前前後にワニ・トリのグループから分岐
したと推測された。楕円は誤差範囲(95%信頼区間)。


カメの進化的起源については、①側頭窓のない原始的な爬虫類に属するとする説、②爬虫類の中でもヘビやトカゲに近縁とする説、③ワニ、トリ、恐竜を含む主竜類に近縁とする説の3説で、長らく議論が続いていた。そこで入江らは国際カメゲノムコンソーシアムを立ち上げ、カメのゲノム解読からこの問題に挑んだ。超並列シーケンサーや大型計算機を駆使したショットガンシークエンシング法により、約7ヵ月で2種のカメ(スッポンとアオウミガメ)のゲノムを解読した。その結果、両者ともゲノムサイズは約22億塩基対でヒト(約30億塩基対)の2/3程度、遺伝子数は約1万9000遺伝子でヒト(約2万遺伝子)とほぼ同等の数であることが分かった。さらに、カメ2種を含む脊椎動物12種の(ゼブラフィッシュ、カエル、ワニ、ニワトリ、ヒトなど)のゲノム情報から、相同な分子1113個をピックアップし、その遺伝子配列を比較解析したところ、カメはワニやニワトリなど主竜類に最も近縁であることが判明。化石情報も加えて解析を進めると、カメが他の主竜類と分岐したのは約2億4000〜6000万年前であると推定された。これは、最古のカメの化石が推定2億2000万年前のものであることにも矛盾しない。また、カメの推定出現時期はペルム期末のP-T境界と呼ばれる「生物大絶滅期」に近く、生物の大絶滅とカメ類の出現との関連性が注目される。

次に彼らは、カメに特徴的な遺伝子をゲノム情報のなかに探った。すると驚くべきことに、両カメともに嗅覚受容体遺伝子が非常に多いことが分かった。特にスッポンは1137遺伝子と、陸上生物で最多の嗅覚受容体遺伝子を持つ哺乳類にも匹敵する。水溶性のにおい物質を感受するαタイプが多く、カメは水中で様々なにおいを嗅ぎ分ける優れた嗅覚能力を秘めている可能性がある。一方で、味覚、空腹刺激や(※注)エネルギー恒常性を感受するための遺伝子の多くが失われており、エネルギー代謝を低く抑えるカメの「省エネ」戦略が示唆された。加えて、長寿に関連する可能性のある遺伝子的特徴も観察された。

入江らはこれまでに、脊椎動物の発生システムには種を越えて非常に保守的な時期があり、その発生時期に脊椎動物の基本設計(ファイロタイプ)を示すとする「発生砂時計モデル」を分子生物学的に実証してきた(*科学ニュース2011.4.10)。そこで、このモデルがカメにも適応され得るのかを検証するため、進化的に近縁なニワトリとカメの胚発生過程の全遺伝子発現プロファイルを比較解析した。RNAシークエンス法と過去の研究で開発した統計技術を用いて解析した結果、ニワトリ−カメ間の胚発生においても、砂時計様の多様性(発生初期は遺伝子発現パターンが比較的多様だが、中期で非常に共通し、その後再び多様化する)を示し、他の脊椎動物のファイロタイプ時期とも一致する咽頭胚期が最も保存されていることが分かった。さらに、ファイロタイプ以降のカメ胚の遺伝子発現を詳細に解析し、カメの甲羅の形成に関与する因子を探った。すると、甲羅のふちには肢芽の伸長に機能するWnt5aや、Wntシグナルに関連する複数のmiRNAの発現が認められた。甲羅の形成におけるWntシグナルの機能の詳細は不明だが、カメは四肢の伸長に用いるWntシグナルをはじめとする遺伝子プログラムを「借用」して、甲羅を進化させてきた可能性がある。

今回、カメのゲノム解読を通して、独自の進化を遂げてきたカメの遺伝子的特徴を明らかにすると同時に、カメほど特異な生物でも変化しなかった脊椎動物の発生の進化的ボトルネックが浮き彫りになった。「生物たちは、共通の発生プロセスや遺伝情報を使い回したり、一部を改変させたりしながら、『発明品』とも言える多様な形態的特徴を手に入れてきたと考えられます。今回の成果は、今後脊椎動物が辿り得る進化の方向性を予測する上でも重要な知見です」と倉谷グループディレクターは語る。「ゲノム解読と言っても、塩基配列を特定しただけでは『写経』にすぎません。今後、生物がこれらの遺伝情報をどのように利用して各々のボディープランを築いてきたのかを理解することで、真の意味でのゲノム『解読』に近づけると思っています。」


※注 空腹刺激に関する遺伝子は、のちの解析で存在することが確認されましたので、訂正いたします。【参照1参照2】(2014.6.6)

掲載された論文

http://www.nature.com/ng/journal/vaop/ncurrent/full/ng.2615.html

 
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脊椎動物は咽頭胚期が最も保存されている(2011.4.10)

 


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