独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2014年2月25日


細胞のランダムな動きと化学走化性のメカニズム
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羅針盤は古くから航海などに使用され、我々はそれを読み取って進むべき方向を知り目的の場所にたどり着く。進む方向が正しくなければ到達することはできないし、万一たどり着いてもそれまでに膨大な労力が浪費されるだろう。動物の発生においても方向性を持った細胞移動は器官形成や神経ネットワーク形成などに非常に重要である。細胞は化学誘因物質の濃淡を感じ取って移動するが、その能力を走化性と呼び、このとき細胞内シグナル伝達の非対称性がコンパスとして働く。外部に濃度差が無いとコンパスは色々な方向にゆらいでおり細胞はランダムに運動しているが、ひとたび濃度勾配を与えると一方向を指し示し、細胞の移動方向を決定する。しかしコンパスとなる非対称性は一体どのように生み出されているのか、またどのようにして方向を持った動きに転換されているのかそのメカニズムは明らかでなかった。

理研CDBの西川正俊研究員(フィジカルバイオロジー研究ユニット、柴田達夫ユニットリーダー)らは細胞性粘菌を使った研究で、細胞内部で自発的に起きる対称性のゆらぎ、すなわち自発的な極性形成が方向性を持った細胞移動に重要であること、またそのシステムが興奮系のメカニズムで制御されていることを示した。この研究成果は、Biophysical Journal 誌に2月4日付けで掲載された。

興奮系バイアスモデルの概念図(左)外部勾配が無い状態。興奮系システムがPIP3ドメインを産生。
(右)外部より指令を受けドメインが偏る。


研究チームはこれまでに細胞性粘菌の自発的な極性形成について、統計解析をもとに数理モデルを構築し、それが誘引物質への高い感受性と頑強性を助けること、また極性形成反応が興奮系の性質を持つ可能性を示唆していた(科学ニュース:2013.12.5)。今回の報告では実際に細胞性粘菌を用いて数理モデルが正しいこと、すなわち細胞内部の興奮性が自発的な極性形成を導き、化学物質の勾配が無いときのランダムな動きと、走化性の方向性ある動きの両方を生み出していることを証明した。

細胞性粘菌はcAMPに応答し、進行方向の細胞膜上にホスファチジルイノシトール3,4,5リン酸(PIP3)濃度の高いドメインを出現させ、細胞骨格を変化させて仮足を形成し走化性を示す。研究チームはまず細胞をcAMPが無い場合や均一な場合において観察し、これまでの報告通りcAMP勾配が無くても自発的にランダムな位置でドメイン形成が起こり、cAMPを与えるとその頻度が上がることを確認した。また細胞に色々な濃度のcAMPを加え、その一過的な応答反応を時間を追って定量化した。すると濃度によらず応答反応は15秒以内にピークを迎え、30秒以内に再び定常状態に戻る様子が観察できた。ピーク時のドメインの大きさは濃度に比例したが、PIP3の強度は一定であった。このような、応答の強度が外部刺激の強度によらず細胞内部の特性によって決まるという特徴は、興奮系がもつ特徴と同じである。

もしも走化性の応答反応が興奮系のメカニズムによって引き起こされるならば、一旦反応を開始するのに十分な大きさの刺激を与えれば、その後刺激が持続しなくてもそれにひきつづく反応は細胞自身によって作り出されることが予想された。そこで細胞の応答時間よりはるかに短い刺激を与えたところ、さきと同様の一連の応答が観察された。興奮系では一旦反応が引き起こされて定常状態に戻った後、しばらく次の刺激に応答出来ない期間(不応期)が出来る。そこでこれを検証するために、初めの反応を引き起こした後で次の刺激を色々な時間間隔で与えて観察した。すると2回目の刺激を10秒後に与えたときには応答がほとんど起きなかった。ところが、時間間隔を延ばしていくと徐々に回復し、平均すると30秒以上の間隔で刺激した場合に完全な応答が観察され、不応期のあることが示された。以上よりこれらの応答反応は興奮系のシステムで引き起こされていることが確定的となった。

細胞をcAMPの濃度勾配下に置くと、PIP3ドメインがcAMP濃度の高い方向に局在し走化性を示す。理論的観点からは、自発的な極性形成でランダムな方向に生じるPIP3ドメインが、外部の濃度勾配下においてはその方向にバイアスが生じると考えるのが自然であった。そこで細胞にcAMP勾配を与えて反応を観察した。すると勾配を与える前はランダムに存在していたドメインが、勾配の方向に偏って存在している様子が確認できた。このときPIP3の応答の強度は勾配を与える前と後では変化せずほぼ一定であった。これらの結果により、空間上のcAMP勾配が、PIP3ドメインの特性をほとんど変えないで局在する場所のみを偏らせることによって、自発的な極性形成に方向性をもたせていることが明らかになった。

これらの結果から化学走化性の元となるのは興奮系に制御されている自発的でランダムな極性形成であり、それが外部の化学物質の濃度差によって局在するようになり方向性を持った細胞の動きにつながっていることが明らかになった。柴田ユニットリーダーは「今回の研究によって走化性のシグナル伝達系が興奮系の性質を持つことがきれいに示されました。細胞は外部の刺激にただ従って応答するのではなく、あらかじめ応答のパタンを用意していて、いざ応答する段になるとそのパタンを少し変化させることで、多様な状況に対して鋭敏でなおかつ安定に対応できるということがわかります。この場合はあらかじめ用意していたパタンの位置を勾配に従って変化させるわけです。同様の考え方は多細胞の軸や極性形成などにも応用することができます。多細胞の複雑な形態形成にも同様のシステムが働いているかもしれません。」と語る。


掲載された論文 http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006349513058153
 
関連記事 細胞内の自発的なゆらぎが走化性を助ける仕組み(2013.12.5)


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